曖昧トルマリン

graytourmaline

真正面の言葉達

 塔の螺旋階段を下りると、まだ冷たい風が頬を掠めた。
 あの声がまだ近くにあって、二人の少年が駆け抜ける足の音を正確に辿って来ているのかそれはなかなか離れようとしない。
「……っ」
「もう少し耐えろ」
 微かに息を切らせ、口許の空気を白くしながらが言う。
 思っていたよりもずっと小さな手がリーマスの手を握っていた。とても同じ年齢の、同性とは思えない程のその手が彼を先導する。
 上方にある窓から薄い光が漏れ、壁の至る所に飾られている絵たちは静かに眠っていた。滅多に人が通らないその廊下を走り、は一枚の絵の前で立ち止まりリーマスが口を開くよりも早くその中に押し込むとすぐに自分も後に続く。
「ここ」
「黙っていろ、見つかる」
 何か言おうとしたリーマスの口を視線で塞ぎ、少し荒くなった息を落ち着かせながら廊下の向こうに耳を澄ます。
 程なくしてあのポルターガイストの嫌な笑い声が壁を隔てた奥に聞こえた事をさとると、二人は一層息と気配を殺す。
 リーマスが、を嫌だと思う時は、こんな時だ。
 の気配の絶ち方が野生の獣のそれと酷似していて、だからこそ彼が声を出して存在を知らせる時いつからそこにいたのかと誰もが驚き、嫌がる。
 それから数十秒たつと、結局なにも見つけられなかったポルターガイストはすぐに飽きたのか別の場所へと行ったらしく笑い声も消えていた。

「睨むな。しばらくベッドにでも座っていろ」
 不機嫌な顔でリーマスにそう言うと、はおもむろに立ち上がって部屋の奥へと消えて行く。
 一つしかない、けれど優しい手触りの毛布が何枚も敷かれた柔らかいベッドに言われた通りに座ったリーマスはこの傷を見られてはならないと体を固くした。杖は部屋に置きっ放しという事を思い出して、唇を噛み締める。
「口の端が切れるぞ、傷を増やす気か?」
「別に……大した事ないし」
 そしてまたいつの間にか現れているに彼は小さく溜め息する。
「ぼくになにをする気?」
「腕を出せ、包帯を巻き直す」
「……嫌だ」
「出せ」
 相変わらず反抗を許さない口調の少年を睨みながらリーマスは言った。
 決して触れさせるものかと、そう警戒した僅かな瞬間の中で既にはその腕を取って包帯を外し、抱えていた小さな箱から見たこともない薬と包帯を取り出し黙々と作業をし始めた。
「……」
「なにも言わないの?」
「処置の仕方も包帯の巻き方も甘い」
「そうじゃなくて」
 そこまで言って、リーマスはの視線に気付く。
 ガーゼと傷口にぬるりとした薬を塗って丁度よく包帯を巻き付ける作業を、杖で一振りすれば済むことなのに彼は手作業でやっていた。それも、真剣な表情で。
「なんでそんなに真剣なんだよ」
「このままでは化膿する。一ヶ月前もそうだっただろう」
「……知ってたの? ぼくが」
「気が散る、黙れ」
 怒ったように、はリーマスを今までにないくらい睨み付けた。
「だから魔法界は嫌いなんだ、魔法薬は万能ではないし杖を振るだけでいいはずはないというのに。こんな処置では治るものも治らない」
 杖で巻かれた時よりも格段に綺麗に巻かれた包帯を見つめながら、ベッドに座っていた少年はその作業をしていた手を見てみる。
 それはやはり、小さなものだった。
「他の部分もやり直す」
 その声にハッとして思わずその手を取ってしまう。
 少しだけ、驚いたような表情をしたから視線をすぐに外しリーマスは首を横に振った。
「もういい」
「……すまない、無遠慮だった」
 そう言ってゆっくりと手の甲に乗せられた手の平は暖かくて、声と共にひどく優しい。
 思わず顔を上げたその先には、今まで見た事がなかった少年の顔が存在していた。