曖昧トルマリン

graytourmaline

内緒のはずの話

 無言でひたすら歩いていくの背中を眺めながらハリーは一体どうするべきなのかほんの少し悩んで、結局考えても自分には何も出来ないので無言でいるしかなかった。
 が何故こうも機嫌が悪いのかと言うと、あまり楽しくはなりそうにない夕食の時間が思った以上に楽しくなくなったからであって、つまるところ目敏く四人を見つけたシリウスがわざわざリリーの手を煩わせることなくが如何に嫌いかをハリーに語ったということであった。
 ちなみにシリウスがどれほどを嫌いなのかというと、やる事成す事気に入らないと言うのが一番しっくりくる。
 もっと根本的な、本質的な何故嫌いになったのかという佳境に入る前にの堪忍袋の尾が切れたらしく、大広間で派手にシリウスをぶっ飛ばして帰ってきた次第だ。
 その場に居合わせたマクゴナガルを無視して席を立ち、リーマスからも見た目以上にキレ易くなってるから気をつけてという警告も受けたので、の機嫌の悪さはハリーが本当に想像しているよりも凄いのだろう。
 怒っているのではない、キレているのだ。彼は。
! ねえ、聞いてる!?」
「……聞こえている、喚くな」
 不機嫌全開でリーマスの言葉に応答したに、彼は急性胃炎を患ったような表情をする。
 重々しく溜め息を吐きだし、どこへ行くのかもわからないをひたすらに追って、何とか機嫌を直そうとしているリーマスが痛々しい。
「……はあ、全くもう本当に頑固と言うか何と言うか。ああ、ハリー。ハリーは別に付き合わなくてもいいんだよ? 今の彼、あんなだし。談話室の合い言葉も教えたから」
「でも、ぼく、シリウスたちと一緒にいれるような雰囲気でもないし……」
 別にの味方、というわけでもないのだが、シリウスの言い分を聞く限りでは、敵視するには少々理不尽過ぎやしないかというのが本音でもある。
「ハリーもお人好しなんだねえ」
 軽く首を傾げて言うリーマスにハリーは何と答えようか戸惑ったが、目の前でただひたすらに歩いていたがようやく足を止めたので二人の会話は一時中断された。
「あ。もしかしてここも?」
「そう、だけが開けられる部屋の入り口。静止画だけど、違和感ないでしょ?」
 それは何の変哲もない風景画といえば終わってしまうかもしれないが、それにしてはその絵はハリーの知るホグワーツの絵とは少し違っていた。
 全く動くことのない、マグルの絵画と酷似している。
 何も語らず、動きのない風景画には清涼感の溢れる緑の森の中が描かれていて、水も、木の葉も、動物たちも、何一つとして動いていない。
「うん……全然違和感ないよ」
 それなのに、動く絵画に挟まれていても違和感を感じない。
 こういう物を名画というのだろうかとハリーは考えたが、名画という物すら見たことない彼にとってはどんな物が名画なのかも見当が付かなかった。
「あ、。ちょっと待ってよ!」
 背後の二人を残して先に部屋の中に入っていってしまうに、リーマスが相変わらず困ったような表情で追いかける。ハリーもすぐその後を追った。
 今度はどんな部屋なのだろうかと少しドキドキして入ってみると、そこには並べられた質素なベッドが三つと、机代わりのサイドボードが間に二つ、お茶を沸かす為の小さな暖炉にシャワールームらしき小部屋が一つだけの飾り気のない部屋で、一目見ただけでどんな用途なのか理解出来た。
「もしかしなくても、寝室?」
「うん。普段はとセブルスが使ってて、たまにぼくもお邪魔させて貰ってるんだ」
 真ん中のベッドに座ったリーマスを見て、ハリーはドアから一番遠い、何も置いていないベッドの上に遠慮しながら腰を下ろした。
 思っていた程固くはなく、シーツも毛布も清潔だった。
「って、。もう寝る準備?」
「……」
 既に服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びに行こうとしているに苦笑混じりのリーマスの言葉がハリーの耳に届く。
 ただ、それに対してのの返答はなく無言の会話の後で彼は小さなドアの向こうに消えていってしまった。リーマスがハリーに向かって苦笑する。
「普段はあんなに無口でピリピリしてないんだけどね。ハリーがいるからかな?」
「ぼくが?」
「人見知りするんだ、。特に好意を持って来る相手には警戒心剥き出しで、まあ敵意のある人間にもあからさまに威嚇してるんだけどさ」
 小さな野良猫みたいだね、と笑うリーマスにハリーも思わず苦笑して頷いてしまった。
「きっと、怖いんだろうね。話したら、もっと相手のこと知りたくなるから」
「……リーマス」
「んー、でもぼくもの事はよく知らないから今のはただの勘だけどね」
 沈んだ空気を入れ替えるように明るく柔らかい口調で言葉を紡いだリーマスに、ハリーも曖昧な笑みを浮かべてベッドの上に座り直す。
 常備しているのか、少し溶けかけたチョコレートをローブの中から取り出して三つに割ったリーマスはその一つを投げた。
「あ、ありがと」
「どういたしまして」
 無邪気に笑う少年にハリーはなんとなく戸惑いのようなものを覚えながら、チョコレートを口にする。少し、お酒の味がした。
「……あの、聞きたい事があるんだけど、いいかな」
「ん? なんだい?」
「リーマスは、なんでと一緒にいるの?」
 その言葉に軽い沈黙が、部屋の中を支配する。
「その、言いたくないならいいんだ……無理には聞かないから」
「いいよ、ハリーには話そう。どうせ、記憶は消えてしまうんだ」
 自分に言い聞かせるように呟いたリーマスは、ドア越しにタイルが水を打つ音を確認しながら鳶色の瞳を未来の少年に向けた。
「それに……ハリーなら大丈夫って、を見てたら、思ったしね」
 微かに影が落ちたその目に、ハリーはリーマスが何を話そうとしているのかようやく理解した。
 それでも、時は既に遅く奥底に鋭利な刃物を持った少年は真っすぐな瞳をしてハリーに言葉を伝えてしまっている。
「ハリー。ぼくは人狼なんだ」
 重い沈黙が、部屋の中を流れていった。