曖昧トルマリン

graytourmaline

優しい人たち

 大広間へと続く階段の途中で、その後ろ姿を見つけた。
「あ」
「どうしたの? ハリー」
 赤い髪を可愛らしいバレッタで飾る少女。背はあまり高くはなく、背筋をぴんとのばして同年代の少女たちと話している。
 見えたネクタイは赤と黄色で、所属寮はグリフィンドールだということが分かった。
 ハリーの視線に気付いたのかその少女が後ろを振り返った。
 整った顔つき、少しだけふっくらとした頬、綺麗な、自分と同じ緑の大きな瞳。
「あら? リーマスとと……もしかして例の子?」
 柔らかな声に、ふと空気が変わる。
 根源は少女ではなく、少女と話していた友人たち。視線はに向いていて、少女に二言三言話をすると彼女たちは先に大広間へと行ってしまった。
「ああそうだ。、シリウスがカンカンに怒ってたわよ。その子を取られたって」
「口が軽いな。もう言い触らしたのか、あの男は」
「学校中の噂よ、ジェームズとそっくりな子が未来からきたって」
 仕方なさそうに笑った少女は「リーマスも大変ねえ」と軽く首を傾げながら同情すると、ハリーに向き直った。
 その瞬間、なんだかハリーはなぜ自分の父親が彼女を好きになったのかよく分かったような気がした。多分、一目惚れをしたのだろう。
「はじめまして、リリーよ。リリー・エバンズ、グリフィンドールの2年生」
「はじめまして。その、ハリーです」
 握手を求められおずおずと手を伸ばすと、リリーはニコリと笑ってハリーを見る。
「あ、そうだ。リリー、君が迷惑じゃなかったらハリーをシリウスのところまで連れて行ってくれない?」
「シリウスのところまで? 別にいいけど、でもが面倒を見ているんじゃないの?」
「んー、ちょっと事情があってね。ハリー、シリウスがどうしての事嫌いなのか知りたいんだって。ぼく、今シリウスと会ったら多分喧嘩する」
 リーマスの表情を眺めた後に、溜め息混じりにリリーは言葉を放った。
「……リーマス、別に会わせなくても1年の時からシリウスの嫌いの理由、何度も何度も延々と聞かされてなかったかしら? もう空で言えてもおかしくないんじゃない?」
「話の最初と最後だけね、3時間近くもあいつの愚痴に付き合う程ぼくも暇じゃないんだ」
「さ、3時間……?」
 驚いて二人を凝視するハリーには呆れたように遠くの方を見る。
 リリーとリーマスが笑った。
「ざっとね、もしかしたらこの間の喧嘩でまた増えたかも」
「何年か後には一日じゃ語り尽くせないほどになってるかもしれないよ」
「……あ、あの、リーマス、ぼく」
 3時間も延々と他人の愚痴なんか聞かされたらリーマスでなくてもキレて当たり前だと思う。せいぜい10分間持てばいい方だ。
 さすがにハリーも3時間に対する愚痴を聞かされるのはと思ったのか、困ったようにリーマスを見る。
「うーん、じゃあどうしよっか?」
「……おれを見るな」
 不機嫌に言い代案を考える気もないに「そーだよねえ」とか呟いて、彼はリリーに困惑した笑みを見せた。
「いいわよ、その代わり私は本当に自分の見てきた事しか言わないけど。まあ……あの子たちみたいにシリウスやジェームズにベッタリな意見を言う事はないと思うから、その代わりに対してもキツイ言い方するかもね」
 その台詞は先程の自分の友人たちに向けていった言葉なのだろうとわかる。
 なんだか少しハーマイオニーに似てるな、と思ったが口に出しても仕方がない事なので黙っておく。
「それじゃあ今日は隅の方の席をとらなきゃ、きっと目立つところには目立ちたがりな人間が居座っていると思うし」
「そうだね、特に今日は機嫌が最高潮に悪そうだから見つかったらそれこそ大惨事だよ、相手方がね」
「本当ね、酔ってもいないのに絡んでくるのは止めた方がいいのに」
 呆れたように言うリリーを先頭に、ハリーがそれに続き、リーマスとが少しゆっくりとしたペースで階段を下る。
「……
 二人に聞こえないようにリーマスが、の耳元で小さく囁いた。
 くすぐったいワケでもないのに、肩が跳ねる。
「怖い?」
「ああ。怖いな」
 表情の読み取れない黒いカーテンの下で、は首を縦に振った。ゆっくりと距離を縮めて小さなその手を握ると微かに冷たい。
「うん、そうだね」
 きゅっと手を強く握ったリーマスに、ほんの少しだけ長い息を吐いた。
「あんな優しい子に嫌われるのは、怖いよね」
「……ルーピン」
「なに?」
「ありがとう」
 囁くような声すらもリーマスの耳には届いたようで、クスクスと笑う鳶色の髪の少年を眺めながらも不器用に笑みを浮かべたように見える。
 何をやっているのかと階下のリリーがハリーを連れて言うと、二人は互いに視線を交わすことなく自然に手を離して大広間のほうに降りていったのだった。