曖昧トルマリン

graytourmaline

円満な卓上座談

 ハリーが辿り着いたのは、教室ほどの広さがある部屋だった。
 暖かい色の絨毯に小さな丸いテーブルが入り口側にあって、それに良く似合う一人掛けのソファが四つ置いてある。奥にある大きな、談話室にありそうな飴色の机には何十冊もの本が山を作っていた。
 眺めのいい大きな窓に、明らかに人の入れない、きっと本当に暖を取るためだけの暖炉が無造作に存在する。丁度入り口と向かいに二つ扉があって、丁寧な装飾がされていない方の普通の扉が開いていてそこから小さなキッチンが見えた。
「まったく、毎回毎回お前らは一体何をしたいんだ! 別の時代の人間を連れて来るなんて非常識にも限度がある、悪ければ退学じゃ済まないかもしれないんだぞ!」
「うるさいなあ、セブルスは。大体ぼくは理論を立てるの手伝っただけで実行したのはあの二人。それに今回一番災難だったのはハリーなんだからね、その辺わかってる?」
 むっとして反論するリーマスにハリーは苦笑してが用意した甘いカフェオレに口を付ける。
 リーマスにはホットチョコレート、セブルスにはコーヒーがそれぞれ出されていて、そういう所にきちんと気を配るのは今も昔もはかわっていない事に少し安心のようなものを覚えた。
「それでも大概だ。それとルーピン、少し落ち着け」
「これでも大分落ちついてる方だよ、そうじゃなかったら今頃ぼくはあの二人に何しでかしてるかわかったもんじゃない」
 茶菓子をキッチンから持ってきたを見上げながらリーマスはセブルスの言葉に息付く暇もなく言葉を吐き出す。
「そろそろあの二人にはきつい御灸を据えなきゃね、大体セブルスはいいとしてを逆恨みするなんてさ」
「ぼくはいいとは何だ」
「だってセブルスは可愛くない」
「おれも可愛くはない」
「冗談、が可愛くなかったら何が可愛いの?」
「あっ、あの」
「なんだい、ハリー?」
 勧められるまま見たこともないような菓子を手に持って困惑しているハリーに、リーマスは柔らかい表情に変えて応える。
「その、さんと、シリウスって……仲悪いんですか?」
「……だって、
 一瞬止まり、その後笑いを噛み殺したような声で言うリーマスに、は不機嫌そうに腕を組んでソファに深く沈んだ。
 長い前髪をかき上げ、睨むようにハリーを見るその瞳に少したじろぐと横からリーマスが「そんなに睨んだら可愛そうでしょ?」と柔らかくたしなめる。セブルスは無言でコーヒーを飲んでいた。
「奴はおれを嫌っている。わざわざ嫌っている相手と仲良くなる必要はない」
「って事だよ。この二人、険悪も険悪。というかシリウスの馬鹿が何かと因縁つけて一方的に嫌ってるんだけどね、はっきり言って同じ寮で同室だからセブルスよりも仲悪いよね?」
「ああ、そうだな……ただぼくは、あれのに対する感情は嫌いというよりも何か憎しみじみたところまで行っている気がする」
「そう、ですか」
 瞳を伏せたハリーに何か引っ掛かったのか、リーマスは軽く笑う。
「ハリーの知ってる未来の二人は違うのかな?」
「え? ええと……それは」
「ルーピン、いくら忘れるといってもマズイだろう」
 セブルスがそういい、困っているハリーに助け船を出す。ハリーにしてみればかなり意外だったが、きっともっと後に性格が捻くれてああなったんだと自己完結させておいた。
「別に無理して聞こうとは思わないよ」
 さらっと答えたリーマスは柔らかい紙に包まれた可愛らしい菓子を口の中に放り込んで、甘ったるそうなホットチョコレートを口に含む。
 ここにいる三人が三人とも他人の領域に安易に足を踏み入れない性格のためか、それ以上未来の事については触れてこなかった。
 しかし、かわりにセブルスの振った話題に一瞬で空気が変わってしまったのだが。
「そういえば、。学校の事だが」
「わかっている。そこら中から陰口が聞こえた」
 なにか、冷たいものがハリーの目の前に生まれたのではないかと思った。
「……」
「気になるかい、ハリー?」
「……ええ」
「いい? 
「好きにしろ」
 今にも湯飲み茶碗を握りつぶしそうなにハリーはひやひやとしながらリーマスを見る。
 セブルスは、なにか複雑な表情をしていた。
「実はね、彼、シリウスたちと大喧嘩、っていうか大乱闘しでかして10日間隔離付きの謹慎食らったんだ」
「え、ええっ!? が謹慎!?」
「痛快な程ボッコボコに伸してね、えーっと、顎や足の骨折った人もいたし、両腕や顔面に酷い火傷をしたり、体中デキモノに覆われた人もいたなあ。死人を出さなかった辺り、の腕の良さが現れてるよね」
「……」
 信じられないという気持ちでを見ると、何やら彼は不快そうに笑っている。ただ、目だけが……明らかに笑っていない。
「……なんで?」
「単純だよ、シリウスが寮や学年関係無しに日頃からを嫌っている生徒を集めて人気のない所に呼び出す。で、大勢でをボコろうと思ったら逆にボコられた。でいろんな所で敵作ってきたから相手には不自由しかったみたいだしね」
「そんな」
「中には女子生徒もいたみたいだけどねえ。あ、ちなみにジェームズもシリウスを庇ったから重傷負ったよ。利き腕折って、鼻潰れて、眼鏡が壊れて、咽喉に目玉の集団が出来て、舌に変な紫色の煙吐くフジツボが生えてた」
 もっとも、今は皆元気だから何ともないけどねー、とちょっとひどい擦り傷を負った人が復活したような感じに言うリーマスも、なんだかハリーには怖かった。
 聞く側にいたセブルスが空になったコーヒーのカップを皿に戻すと、小さく息を吐きながら一言、ハリーに言う。
「当然の報いだ」
「そーだねえ。こればっかりはシリウスが悪い、っていうか何でが謹慎受けるのか未だにわかんないよ。正当防衛なのにさ」
「……」
 でも流石にちょっとやり過ぎじゃないかな、と思うハリーの心を見透かしたように、鳶色の瞳が笑った。
 は気分を害されたのか、セブルスの空になったカップを持ってキッチンの方へと歩いて行ってしまう。
「大人数でたった一人を苛める事に比べればのやった事は正当だと思うよ」
 自分より小さな背中を眺めながらクスクスと笑うリーマスにハリーは複雑な表情をする。
 何よりも今考えたいのは、あのシリウスがをどうしようもないくらいに嫌っているという事に対して……一体この二人の卒業までの時間にどんな事が起きて「ああ」なったのか、とにかく気になった。
「そんなこんなでシリウスやジェームズのファンはお冠、は目出度く今まで以上に学校中の嫌われ者になったんだよ。あ、ちなみにぼくとセブルスは例外ね」
「二人、だけですか?」
「ぼくの知る限りでは。あ、違うや。今はハリー入れて三人だ」
 新たに淹れた暖かいコーヒーをセブルスに渡しながら、は特に否定するでもなくソファに腰を掛ける。
「そう、それでさあ。ぼくの愚痴聞いてよハリー、セブルス聞いてくれないから持て余してたんだ。ハリー、の事嫌いじゃないみたいだし」
「愚痴?」
「そう、だってってばそれ以来輪をかけて口数少なくなったし雰囲気トゲトゲしてるし、レポートとか宿題の範囲渡す時くらいしか会えないのに機嫌悪そうだし、今まではぼくとセブルスにはいろんな事きちんと話してくれたのに口利いてくれないし」
「……リーマス、と話したいんだ」
 呆れたような二人の視線を受けながらもリーマスは愚痴を零し、カップを握り締める。
 同情のような、そんな事をハリーは言った。
「話したい。でもの機嫌治らないし、あの馬鹿付け上がるし。さっきも喧嘩吹っ掛けて余裕で負けたし、本当、何なのあの馬鹿」
「なんだ、の復帰早々負けたのか。ブラックは」
 多少、嬉しそうに言うセブルスに相変わらず呆れ顔のが首を縦に振る。こちらの時代にきて意外な事だらけだったハリーも、一つだけ変わらないものがあった事にようやく気付いた。
 セブルスとシリウスは、仲が悪い。
 こればかりは二人同時に愛の妙薬でも飲まなければ変わらない事なのだろうと、ハリーは思った。飲んでも変わりそうにないとも思ったが。
「でも、なんでシリウスとってそんなに仲が悪いの?」
「性質と文化と根本的な共通理解とその他諸々の違いだと思うけど、丁度いいや。もうすぐ夕食だしシリウスに会えるよ、はどうする? よければ部屋に持って行くけど」
「いや、ハリーの世話を頼まれたから、一応行くことにする」
 ぼそっとそう放たれた言葉に、二人の少年はかなり意外な顔をしてハリーの顔を一瞬凝視してしまう。その内のグリフィンドール生は嬉しそうに肩を叩きながら「よかったね」と微笑んだ。
「ハリー、に気に入られたみたいだよ」
「え。そう、なの?」
が例え校長命令にだって従う人間に見えるかい?」
「……いいえ」
 むしろ校長命令だからこそ従わなそうに、見えてしまう。
 未来のとダンブルドアも仲は悪かった。悪かったが、過去のがダンブルドアに接する態度はそれを越えて嫌悪の意思表示がなされている気がした。
 ハリーから見るとこの二人も、結構因縁が深そうに思える。
「セブルスはどうする?」
「ぼくは遠慮する。に出された茶菓子を食べた後で夕食を食べる気にはなれない」
の出す茶菓子って美味しいもんね。でも別にその後また食べればいいじゃん」
「ぼくはお前と違って甘い物も胃袋に入って一定時間は溜まっているんだ!」
 憤慨と冷や汗と恐れのような物を折れ混ぜた感情をぶつけたセブルスは「一応念の為」といってに渡されたマフィンをしっかり持ってキッチンの隣にある扉を開き姿を消してしまった。
 呆れたようにリーマスが笑う。
「さ、ぼくたちも行こうか。ちなみに、ハリー。気は長い方?」
「それほど長くは、でも……内容によります」
「そっかー。先に謝っとくけど、もしキレて喧嘩腰になっても止めないでね」
「はい。っていうかぼくの力じゃきっと止めれません」
 一応リーマスのそういう部分を知っているハリーはなんとなく黒い笑みを浮かべた過去のリーマスに軽く相槌を打つ。
 本当に、とリーマスの恐ろしさは知っている、と彼は自負していた。
 上機嫌にとハリーの手を引きながらセブルスの消えていったドアの方へと歩き出したリーマスに、二人はそれぞれ複雑な評定をしながらも何一つ文句は言わずに波乱と乱闘とダイアモンドダストに満ちそうな夕食へと向かっていくのだった。