曖昧トルマリン

graytourmaline

差異のない三角形

 は生徒が擦れ違う度に、ヒソヒソと何事かを囁かれている。
 そのすべてが好機の視線ではなく、まるでその場に相応しくない者が平然と歩いているような、嫌悪や不快感をまとった視線ばかりだった。
 所属寮のグリフィンドール生は勿論、スリザリンは言うに及ばず、レイブンクローやハッフルパフの生徒も蔑みの目で彼を見る。
 女子生徒などはならば口にも出したくないような暴言を平気で吐いてきた。
 けれど、別にそれでも構わなかった。むしろ、そちらの方がいい。
 大衆で群れ集う事が体質的に受け付けられないには都合のいい環境でもある。毎日うさん臭い笑いを浮かべながら話しかけてくる人間を相手にするよりは、誰にも話しかけず、誰からも話を掛けられないような日常の方がまだ耐えられるというものだ。
 視線は気分が悪くなるけれど、まだ蔑みの視線の方が耐えられた。むしろ、好機の視線よりもそちらの方が気分的に随分と楽である。
「……そういえば、置いてきたな」
 探し人に会う為に図書室の前まで来て、ようやくはハリーという少年を置いてきてしまった事に気付いた。
「まあ、いいか」
 人間の世話という面倒なことは例の四人組がやってくれるだろうと考えていると、何度目か、擦れ違った女子生徒から囁くような暴言が吐かれる。
 どれもこれも語彙が貧弱で、自分の感情を露にさせるような言葉はない。
 それ故に、酷くつまらない。
『よくもシリウス・ブラックを』
『よくもジェームズ・ポッターを』
『校長の孫だからといっていい気になるな』
『お前なんかスリザリンがお似合いだ』
『マグルの世界に帰ってしまえ』
 等々、どれもこれもいまいち新鮮味のない暴言ばかりだ。
 実際はそうではないが『穢れた血』などは既に1年時に嫌という程聞かされたし、2年も過ごしていると飽きてしまった。もう少し話のできる敵対者が欲しいが現れない。生憎、の知る限りの頭のきれる人間は揃いも揃って暴言を軽く吐き出すような人間ではないので憤慨すらも覚えずこの視線を躱すしかない。
「……ルーピンには悪い事をしたな」
 そのうちの一人、ルームメイトでもあるリーマス・J・ルーピンには色々世話になった。
 ハリーを置いてきた所為で、また世話を掛けてしまったようでは少し気分が悪くなる。
「あとで謝るか」
 しかし今気分を悪くしても何も改善されないし、再び道を戻ってシリウスに鉢会うのだけは絶対に嫌なのではぼんやりと図書室の扉をくぐりながら、相変わらず絶えないくだらない視線を浴びる事にした。
 廊下に比べると、そこはとても静かで生徒はほとんどそこにはいないが、それでも擦れ違う生徒十人中九人は一度本から目を放して視線を彼に向ける。
 奥の方へと足を進めるにつれ、人影は少なくなっていき闇の魔術系統の本が置かれている棚である人物を見つけた。
「……?」
「ああ」
「そうか、今日で謹慎は終わりか」
「10日は長い。暇だった」
 スリザリンカラーのネクタイをきっちりと締めて埃の匂いのする本を閉じた男子生徒に向かって、変わらない表情では名前を呼んだ。
「スネイプは変わりなさそうだな」
「ああ、お前が謹慎していた間ぼくが奴等の悪戯を集中的に浴びた事以外はな」
「倍にでもなったか?」
 面白がる様子もなく積み上げらた本の一冊を取ったにセブルスは苦い表情をして首を横に振った。
「3倍以上だ。あいつら、特にブラックは怪我が完治してから荒っぽくなっていたぞ」
「八つ当たりとはガキだな」
 つまらなそうに今取ったばかりの本を元に戻したは他の本でも見るのか、通路を挟んで向かいにあった梯子を呼び寄せた。
 軋む音のするそれに足を掛けて百科事典のような分厚い本を手に取るとそのまま貪るように無口になってしまう。
?」
 既に自分の世界にはいってしまったを眺めながらセブルスは軽く笑う。
 丁度通路を通った生徒はそんなを見て、気味悪げにそそくさと入り口の方へと去っていった。セブルスは、それが気に食わなかったが、声に出して言う程の事でもなかったので自分の世界に集中しようとする。
 かたん、と足下の方から音が鳴り飄々とした少年がひらっと手を振って挨拶をした。
「や、セブルス。」
「……」
「ちょっと、無視しないでよ。大声出すよ?」
「何のようだ、ルー……!?」
 聞き慣れたくはないが聞き慣れてしまった鳶色の髪をしたグリフィンドール生の声に仕方無く首をそちら側に向けると、見慣れたくはないが見慣れてしまった眼鏡の少年が目の前にいる事にセブルスは声をなんとか押し止めて一体どういう事なのか説明が欲しそうにリーマスを睨む。
 しかしリーマスはというと飄々と笑って、を指したまま何も言わない。
、客だぞ」
「……」
。おい、お前に客だ」
 軽く小突かれて、はようやく目の前にいる二人の男子生徒に気付いたらしく、視線だけで何の用だと言う。
 心外だとばかりにリーマスはハリーを指してニコリと笑った。
「君の役目でしょ? っていうか、マダム来そうだから例の部屋で話さない?」
「……ああ」
「決定。ああ、セブルスも同行してね。説明が欲しかったら」
 音もなく梯子から飛び下りて猫のように着地したは、セブルスが数冊本を持って梯子を下り棚に戻したのを確認すると、何やら外国の文献が数多く置いてある棚の方まで歩いて行った。
 ハリーは不思議な顔をして三人の背中を眺めていたが、随分奥の棚の壁にぶち当たる場所まで来てが何やら呪文のようなものを唱えるとその部分がパッと開き下へと続く階段が現れる。
「……こんな場所があったんだ」
「そうだよ。だけどしか開けれないんだ」
 無言で階段を下りていくとセブルスを眺め、ハリーを押し込むようにそこへ入れたリーマスはひとりでにしまっていくその穴を見て「ずるいよね」と言う。
 その言葉には妬みは一切なく、どちらかというとからかうような口調だった。
「まあ、詳しい事はに訊きなよ。は礼儀さえ守ればきちんと応答してくれるから」
「……ルーピン」
「だって事実でしょ?」
 クスリと笑うリーマスには何やら言いた気に名前を呼んだが、諦めたのか目の前の扉に更に合い言葉を言ってその中に入っていく。
「でもリーマス」
「どうしたの?」
、凄い注目浴びてたね……どんな注目か知らないけど、嫌な注目」
「ああ、それは」
「……その事は、あまりの前で言うな」
 話に割って入ったセブルスに、リーマスは「判ってるよ」と言い、早く部屋に入ってくれるように頼んだ。
「無神経なやつらめ」
「君が神経質過ぎるんだよ」
 喉で笑うリーマスにスネイプは何も言わずに扉をくぐり、ハリーもそれに続いた。
 開けたそこには、とても居心地の良さそうな、部屋があった。