曖昧トルマリン

graytourmaline

莫大に過ぎる齟齬

「あーっと……ひょっとしなくても、彼の監督任された?」
「そうだ。邪魔だ、通せ」
「うーん、どうしよっかな」
「ジェームズ退いてろ。こいつには話がある」
 いやに、険悪なムードだった。とにかく、その場にいたくない雰囲気が物凄い速度と密度で充満し始めている。
「あ、あの」
「怪我をしたくなければ退いていろ。見た目以上にこいつは粗暴だ」
「ああ、お前ほどじゃないけどな」
 頭一つ以上違う身長差で、はシリウスと向かい合っていた。
 険悪や不機嫌どころで済まされる空気ではなく、シリウスも、なぜかを憎んでいるようだった。
 一体シリウスはに、逆かもしれないが、何をしたのだろうかとハリーは考える。余程の事をしない限り、はこんなにも居心地の悪い空気を作らない。
「力では勝てないからと、今度は口論でもしにきたのか」
「誰が力じゃ上だって? 今度こそケリを付けに来たんだよ」
「今度こそ? 毎回やられているのに何のケリをつけるんだか」
 さらっと嫌味も込めずに放たれた言葉は当然のようにシリウスを逆上させた、リーチの長い腕がの胸倉を掴んだ、かと思うと一瞬にも満たない内にシリウスの体が視界の下方へと消え形勢を逆転されてしまった。
 片腕を持たれたまま床に敷かれたシリウスを見下ろし、次にを見る。
「凄い」
 今でこそ平均身長よりやや低いだけのだけれど、目の前のは華奢どころかひ弱な印象を受け、ハリーにすら力負けしそうな体格だというのに、一瞬でシリウスを組み伏せてしまった。
「懲りない馬鹿だ」
「く……そっ!」
 軽く、の手が捻られシリウスの表情が歪んだ。
 このままでは腕の骨が折られてしまいそうで……。
「ちょっ、!」
「ミスター・! 私が先程言った事をもう忘れたのですか!?」
 ハリーの制止の声を遮り、甲高い叫び声を上げたのはいつの間にか後ろにいたマクゴナガル先生だった。
 大半の生徒が萎縮しそうなその声にもは口端を少しだけ上方に歪めただけで、シリウスの腕を掴んでいた手を放してその肩を蹴り上げた。
「ミスター……!」
「おれを同じ目に遭わせたかったら頭を働かせるんだな、負け犬が」
 マクゴナガル先生を無視して冷たい笑みを浮かべたは、そのままハリーに何も言わずに廊下の闇へと消えてしまう。
 後ろにいたマクゴナガル先生は呆れたような、憤慨したような溜め息を付いてハリーを見下ろすとすかさずその場にいたリーマスが軽く挙手した。
「マクゴナガル先生、ぼくが彼をのところに連れて行きますよ」
「……わかりました。ただし、罰を受けるのには変わりませんよ、ミスター・ルーピン」
「はーい、わかってます」
 少し残念そうに笑って言うリーマスはマクゴナガル先生が職員室へ帰っていくのを眺めてからハリーにここまで来るように言って、改めて自己紹介をした。
「ハリー、だったよね。はじめまして、忘れちゃったかもしれないから改めて。ぼくはリーマス・J・ルーピン。リーマスでいいよ」
「ど、どうも……えっと」
「ああ、シリウスは気にしなくていいよ。あとその他二名も」
「その他二名は酷いんじゃないか? リーマス」
 そう言いながらジェームズが顔を覗かせると、リーマスは少し不快そうな顔をして口を尖らせた。
「誰の所為でに嫌われたと思ってるんだよ。君達三人が揉め事起こしてから、ぼくにまで必要な事以外は口利いてくれなくなったんだからね」
「あんな気持ち悪い奴と口利く必要なんかねえよ、リーマス」
「シリウス、君の価値観押しつけないでよ。君が思おうと知った事じゃないけど、ぼくはと話がしたいの、何か文句ある?」
「シリウス、ピーター、まずいぞ。リーマスはかなりお冠だ」
「うん、そうだね」
「そう思うならに謝罪の一つでも述べたら、ジェームズ? 機嫌が悪いって判ってるなら話しかけないで、ピーター」
 かなりきつい口調で二人に言い放ったリーマスに、ハリーは信じられないといった表情で四人を見渡した。いったい過去、この時代のに、正確にはとシリウスの間に何が会ったのか知りたい、そう思った。
「ああ、ごめんねハリー。ならきっと図書室にいると思うから行こうか」
「う、うん」
 リーマスに手を引かれ、三人を残して図書室へと向かうハリーは本当にここが自分のいた世界の、過去の世界なのか不安になる心を押さえ込み見慣れた階段を上りはじめた。
 ひやりとした風が吹く。どうやら、この世界は秋から冬へと移行しているようだった。