白い老人と黒い少年
「ダンブルドア校長! 緊急事態です!」
ノックもせずにドアを開け校長室へと入っていくマクゴナガル先生をハリーは呆然と眺めつつ、遠慮がちに自分も後へと続いた。
その部屋には相変わらずハリーの知らない不思議な道具がたくさん置いてあって、戸棚の上の組分け帽子は今よりかは幾分マシな姿に見えなくもない。不死鳥のフォークスは自分のいるべき場所で浅い眠りについているようだった。
「ミネルバ、一体どうしたのかの?」
声がした。
20年の歳月ではダンブルドアの白い髪を戻すことはできないようで、そこにはハリーの知るホグワーツの校長と全く同じ姿をしたダンブルドアがキラキラと瞳を輝かせて奥の扉から出てくるのを見た。
怒りと焦燥からなのか、ハリーのことをうまく伝えられないマクゴナガル先生をダンブルドアが笑いながら落ち着かせ、事の次第を聞き始める。
ふ、と先程ダンブルドアの現れたドアの向こうに人影が見えた。
多分ホグワーツの生徒で、背は自分よりも低い。
「ふむ、大体のところは分かった。ところで、君の名前は何と言うのじゃ?」
「……あの、ハリーです。ハリー……ファミリネームが、ポッターです」
「ハリー。すまんが君の元いた時間へ返すのはしばらくかかりそうなんじゃが、それまではこのホグワーツで時を過ごすといい。無論、ハリーが未来へ帰った後はこの記憶を生徒からは消すから問題はない」
「は、はあ」
遠慮がちに申し出たファミリーネームには触れないものの、きっとダンブルドアは自分がジェームズ・ポッターの息子だという事を知っているに違いないとハリーは確信じみた何かを感じ取った。
「ああ、しかし未来の出来事はできるだけ口にしないように……」
「はい、それは勿論です。あ、あの……ダンブルドア、校長先生? ぼくは……授業を受けるべきなんでしょうか?」
「授業か。さてどうしようかの、ハリー、君のいた時間はいつ頃かの?」
「夏休みでした、4年生にあがる前の」
それを聞いたダンブルドアは嬉しそうにハリーをじっと見て、何度か頷くと「なら問題はない」と言って先程の扉をチラリと眺める。
一体あそこには誰がいるのか、ハリーにはよく分からなかった。
「このホグワーツの敷地内でならば……まあ、夏休みとはいえんが……休みを満喫するといい。もちろん授業に出ても構わんが、そうじゃな、2年の授業に出てもらう事になる」
「2年生……ですか?」
「いや、ハリー。決してハリーの技量が今の4年生に劣るとは思っておらん、しかし今は時代が時代じゃ。一応ハリーには見張り役が必要なのでのう……わしの知る見張りの出来そうな、その子がまだ2年生なんじゃ」
「見張り?」
「左様、ハリーの知っているホグワーツとここは多少違う、かもしれん。ホグワーツに詳しく口の固い生徒はそう多くない。それを踏まえてじゃよ、必要ないならば本人にそう言って貰えばいい……ただし」
再び扉の方を見て、ダンブルドアはウインクをすると囁くようにハリーに言った。
「見張りがないと、彼等の悪戯に引きずり回される可能性は大きいがの」
そう言われて、ハリーはすぐにでも「見張りなどいらない」と言いたかった。
自分の父親や、シリウスや、リーマスは一体どんな悪戯をしてどんな学校生活を営んでいたのか知りたくて、見張りなんてものは邪魔なだけである。
早く校長室を飛び出したくてウズウズしていると、ダンブルドアは扉の奥を眺めてハリーの見張り役を呼んだ。
「こちらに来なさい」
「……」
ダンブルドアの呼び掛けに返事もせずに現れたのは、長い黒髪の背の小さな男子生徒だった。彼が現れた瞬間、隣にいたマクゴナガル先生の表情が一瞬引きつったのを、ハリーは見逃さなかった。
ネクタイを見ると寮はグリフィンドールだという事がわかる。けれどハリーは彼のまとっている雰囲気を見ているとグリフィンドールよりもむしろ、スリザリンに行った方がよかったのではと心の中で密かに思った。
「ハリー、彼はわしの」
「・だ。話は聞いた、ハリー・ポッター……だったな」
「!?」
少年の言葉を聞き違えたかと、ハリーは驚きと困惑でどうしていいのかわからなかった。
ダンブルドアが困ったようにと呼んだ少年を見る。
「、話をさえぎらんでくれ」
「どうせおれがお前の孫だとか不愉快な話しかしないのだろう」
間違いなかった。
目の前にいる……言っては何だが結構薄気味悪い……少年は、冷たい口調でそう言い放ち驚いて口をきける状態ではないハリーをじっと観察するように眺めた。
前髪の奥に隠れた瞳には、どちらかというと憎しみとか、怒りのようなものが含まれていて彼もまた、ハリーの知るにはとても見えない。
「え、ええと。はい。ハリー・ポッターです、よろしく」
「所属寮はグリフィンドールか」
「うん……」
「来い」
祖父にろくに挨拶もせずに校長室を出て行こうとするにハリーはどうしたらいいのかわからなかった。
「お待ちなさい! ミスター・!」
「まだ何か? 処罰はもう終わったのではないのですか?」
その声は、明らかに苛立っていて丁寧だが、とても目上の(しかもマクゴナガル先生)人間に対する態度とは思えない。
なによりも、ハリーの知る範囲のがこんな態度に出るのは……少なくともダンブルドアに対峙して、なおかつ何かそれらしい理由がある時くらいで……。
「確かに処罰は今日をもって終了です。しかし今度同じような事件を起こした場合……」
「おれの知った事ではありません。事件が起こるか起こらないかは、周囲の人間次第です」
煮え滾りながら凍るような声と口調でそれだけ吐き捨てると、は身を翻して校長室から出て行ってしまう。
二の句を告げれないマクゴナガル先生に頭を下げてから横を通り抜け、ハリーもを追う事にした。
擦れ違う途中で見上げた先生の顔は幾分引きつっていて、なにがあったのかは興味はあるけれど詮索しない方が賢明なようだと考え、何も言わずに校長室を出る。
「なんでこんな事になっちゃったんだろう」
とぼとぼとガーゴイル像のところまで行きそのまま階段に任せて下に降りると、なにやら険悪な空気が頬を撫でた。
「貴様らは何をしに来たんだ」
冷たいの声が耳に届き、慌ててハリーは校長室の入り口まで下っていく。
そこには、と、自分の父親、シリウス、リーマス、そしてピーターが勢揃いしていて、一人が恐ろしい程に不機嫌な空気を放っていた。
「うーん、別に君に用事はないよ」
さらっと言い放ったジェームズはの後ろでどうしたらいいのかわからずにいたハリーを眺めて快活に笑う。
途端、10個の視線が同時にハリーに集まり、その雰囲気がなにやら嵐の到来を予告しているようにしか、ハリーには思えなかった。