命と金貨を秤にかけて
「そう、今年ホグワーツで行われるんだ」
「危ないの?」
「ああ、危ないが。とても名誉なことなんだぞ」
「……ハリィもするの?」
「まさか、ハリーには出場資格がない」
魔法界の新聞の一面を飾っていた記事に目を通していたシリウスの隣で、ジュニアがこて、と可愛らしく首を傾げながら尋ねてきた。
先日のダンブルドアへの態度からは考えられない愛らしさだが、本来こちらの方があるべき姿なのだと深く納得して手招きをする。
ミントの飾られたバニラアイスと黒に近い茶色の細かい氷が入った大き目のグラスを持ったままシリウスの隣にちょこんと座り、銀色のスプーンでアイスとミントを同時に頬張った。
「また甘そうなものを食べてるな……」
「パパが作ってくれたの。パッディの分もあるって」
漂ってきたのは、石鹸とが最近よく吸っている真新しい煙草の匂い。それに、甘ったるいバニラとコーヒーの香り。
そこでようやく黒い氷がコーヒーを凍らせたものだと気付いたシリウスは、コーヒーはともかく、まさかアイスまで入ってやってくるわけはないよな、と丁度とリーマスが現れたドアの方へ振り向いた。
「……」
「なんだい、シリウス。その顔」
「お前……バニラアイスに生クリーム添えるってありえないだろ」
「心配しなくても君の分はこっちのカフェオレだよ。それにこれはミントなしでチョコレートソースがけ生クリーム添え、頼まれたって取り替えるもんか」
「そんなもの誰も頼まない!」
甘味が苦手なシリウスにとって拷問に等しいその物質を見ると、ジュニアが今食べているものでさえそう甘くはないのではないのだろうかと思えてくる。
逆にのグラスには黒い氷の粒しか入っていない、四人の中で最もシンプルな飲み物になっていた。
リーマスからミルクが満たされた中にコーヒー味の氷の粒が浮かんだそれを受け取ると、アイスクリームが投入してある二人とは違いグラスにはストローがささっている事に気付く。
「パッディ、パッディ。それで?」
濡れた手で新聞紙をつっついたジュニアに、シリウスはそうだったとストローからミルクとコーヒー味の氷を吸うと新聞をテーブルに投げて三大魔法学校対抗試合について説明し始めた。
自分と同じくかなりの私見が入るので後で訂正しなければならないのが面倒だが、こういった時にシリウスは便利だというのがの意見で、リーマスも特に反論をしなかった。
実際、ジュニアに新聞記事を要約して語っている男の言葉回しは見事なもので、これはもう一種の才能と言える程のものである。
頭はいいのに馬鹿で多芸な親友の様子と、どことなく不機嫌なを見比べて、リーマスは直に納得した。
「君は相変わらず催し物が嫌いなんだね」
「催し物が嫌いなわけではない。ただこういった馬鹿げた見世物が嫌いなだけだ」
「見世物って……」
「はした金で十代の子供が命を張るなんて愚か以外に何がある」
「……はした金」
リーマスが読んだ記事に載っていた賞金の額はガリオン金貨が1千枚だったはずだ。
それを『はした金』と言い切ってしまう事に苦笑で返すと、が眉根を寄せる。
「金貨を幾ら積んでも、千切れた両手足は戻らない。人の命も、帰ってはこない……何のために先代の魔法使いたちが中止にしたと思っているんだ」
「うーん、でもダンブルドアも魔法省は絶対大丈夫だって」
「あいつらの『絶対』も『大丈夫』も信用出来ない」
忌々しそうにしているの言葉が気になったのか、ジュニアは柔らかくなってきたアイスをマイペースに頬張りながらシリウスの言葉と父親の意見を照らし合わせてみた。
シリウスとリーマスは肯定派、自分と父親は否定派だと割り振り、が賛同しないことに残念そうな顔をしているシリウスに質問をする。
「ねえねえ、パッディ。なんでみんな、こんな事にはしゃいでるの?」
「選ばれて、更に優勝すれば名誉な事だからだな」
「それってそんなに大事なの?」
一気にグラスの中を半分まで減らしたシリウスに、ジュニアはとても怪訝な顔をした。
「パッディは、ハリィが怪我しても同じ事言えるの?」
「いや、ハリーは試合には出られないから」
「ジュニアはそんな物のために危ない事しろって言う人は嫌い。そんな事進んでしたいって言う子供も、そんな子供を止めない親もみんな嫌い……他人の子供だからって面白がってるパッディもレミィも嫌い」
シリウスと距離を取るためにソファから降りて、の所まで走ったジュニアはその脚にしがみつく。
最近になって面と向かって嫌いと言わる事が多くなってきて思わず苦笑した二人の同居人に、空気を重くした何かが向けられた。
冷や汗ものではないが、凍った空気の中で錆びた機械のようにぎこちなくその発生源を辿る。
「お前等、その記事の中に数えられている死者は選手だけでは事を知っての発言だろうな?」
「……え」
「そうなの?」
「当たり前だ。相手は人間ではなく魔法生物だぞ、大人しく言うことをきくと思うか。おれだったら顔も知らない異種族にいきなり命令なんぞされたら問答無用でそいつを叩き斬る……いや、人間に命令されても、相手によっては斬り捨てるがな」
息子を庇いながら呆れ顔で相当物騒なことを言ってのけたは、しがみついていたジュニアの頭を撫でて顔を上げさせた。
グラスの中のアイスは溶け始めていて、それを指摘するとジュニアはグズりながらもしがみついていた手を離し、それを一口食べる。膨れた頬がもごもごと動いていた。
その僅かな間に、シリウスとリーマスは視線を交わして頷きあう。
「ハリィが怪我しても、パッディもレミィも平気なの?」
「ううん、平気じゃないよ。ごめんねジュニア、無神経なこと言って」
「そうだな。今度からもうちょっと気をつける」
あまり心のこもった言葉ではなかったが、その形だけの返答にジュニアも妥協をしたのか無言で頭を上下に振った。しかし、機嫌は直っていない。
一人掛けのソファに座ったの膝の上に座ったジュニアの頬は、膨れたままだ。
「……ジュニア、それ食べたらまた一緒にキャンディ作るか」
「ミルクのやつ?」
「そう、確かもうそろそろ無くなると思ったけど。あれ、ジュニア好きだろう?」
「好きー!」
ぱっと笑顔が戻った息子の顔にも笑みを零して完全にアイスコーヒーとなってしまったグラスの中身を一気に飲み干す。
トラブルに巻き込まれやすいハリーが居る場所でこんな大きなイベントが計画されているのならば、遠からずあの男に会いに行く覚悟を決めなければならない。
男に、アルバス・ダンブルドアに会うのは心底嫌だが、それでもハリーの身に何か起こったら一発ぶん殴る決意をして、は息子が差し出したバニラアイスを頬張った。