死神たちの対面
父親の許可なく二人の同居人が老人を家に上げたことで、先程まで鼻歌を歌うほどご機嫌だったジュニアのそれは最悪のものになっていた。
白い石を首から下げニゲルとヴィオラセウスと一緒にがいつもいる一人掛けのソファに座って、私は今不機嫌です! と全力で主張しながら分厚い本を読んでいる。
人見知りをしないジュニアにしては珍しい行動にリーマスとシリウスは困惑顔でリビングで寛いでいる親友の祖父、アルバス・ダンブルドアを見つめた。
「一度会いたいと思って来てみたんじゃが、どうにも嫌われているらしいの」
が不在のため、シリウスが淹れた紅茶を飲みながら暢気な声で言うと家主ではない二人はどういった言葉を返せばいいのかと悩む。
まさか、そうですねと返すわけにも行かなかった。
第一、がダンブルドアを嫌っているのは百も承知ではあったが、ジュニアがそうだとは彼らも今知ったことであって、中々いいフォローが見当たらない。
「ええと、ジュニア。本を読むなら書斎に行ったほうが」
「なんで?」
「いや、なんでって」
空気に耐えられなくなったリーマスの言葉に、本から顔を上げたジュニアの顔には、いつもの可愛らしい笑みが浮かんでいた。
「ジュニアはね、勝手にパパの家に入ってきた人が悪い事しないように見張ってるだけだもん」
「うーん、あのね。ジュニアは初めて会うかもしれないけど、この人はのお祖父ちゃんで、ジュニアにとっては曾お祖父ちゃんなんだよ?」
「知ってるよ。アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアでしょ。この前パパから変なお菓子がいっぱい入ってる袋貰った」
「何と、はちゃんと渡してくれたのか」
「でも、気持ち悪いからみんな捨てたの」
「それは勿体ない事をしたの」
顔のパーツで唯一目だけが笑っていない幼子を物ともせず嬉しそうに言うダンブルドアに、ジュニアは更に笑みを深くする。
いっそいつものように子供らしく不機嫌になられた方がマシだ、と同居人たちはそれぞれ口に出さずに心の中にだけ強く想った。
ジュニアが日に日に父親に似てきていると感じたのは、実際は間違いだったのかもしれないとすら思い始めている。少なくとも彼は笑いながら怒るという空恐ろしい芸当を滅多にしない。
「ふむ……それではジュニアくんは何が好きなんじゃ?」
「笑ってるパパ」
ジュニアとハリー以外には大変稀有なものが好きだと返された言葉に、ダンブルドアはまだ湯気が上がっているカップをソーサーに戻して笑みを深める。
その様子を、凍土を宿した茶色の瞳は黙って見つめていた。
「嫌いなのはね、パパに酷い事する人」
「それはわしの事かの」
「うん。貴方も嫌い」
とぼけた様子で放たれた言葉を笑顔で肯定するジュニアを、同居人たちは冷や汗混じりに観察し始めた。
この場に居ないの許可が下りれば今すぐにでもリビングから退散したい。が、彼がハリーの見送りから帰ってくるのはもう少し後になるだろう。
時計の針が11時を指すまであと3分。それまでは絶対に帰ってこない。
しかし、彼が帰ってきたところで今の事態が好転する可能性は低いだろう。むしろ、状況が悪化する可能性のほうが遥かに高い。
「パパのね、ちゃんとしたお祖父ちゃんと、お祖母ちゃんに色々聞いたの」
「……ユカリ・か」
「イツキちゃんの事、無視したら駄目だよ。それに、パパがとっても大好きな人たちの事そんな風に言うから、パパとっても怒るんだよ?」
表情を曇らせたダンブルドアに対し、ジュニアはニゲルとヴィオラセウスを抱きしめてにっこりと笑った。
「あの二人は随分前に亡くなっているはずじゃが」
「分からず屋さんだね……二人ともね、パパが心配だって、霊のままでたまに会いに来てるんだって。ジュニアもね、ここに来る前に会えたんだ」
「しかし呪いは……」
「死んだら関係ないもん。パパのお祖父ちゃんは、お盆になると会いに来てたって。今はお盆じゃなくても会いたい時とか、ヒマだと来るんだって」
ねー、とジュニアが同意を求めた先には驚いた顔をするシリウスの姿がある。
老人の青色の瞳と、親友の鳶色の瞳も自分に注がれ、記憶を掘り起こしている間しばらく黙っていたが、やがてそれと合うものを見つけたのか戸惑いながらも肯定をした。
「一回だけ、おれがまだ学生の時に……会った事が」
馬鹿騒ぎばかりしていた学生時代、夏休みに無理やりの家に押し掛けた時、死んでいるというのにやけに陽気な青年に出会った記憶がある。
余り長話はしなかったが、自分の事を綺麗な子と表現していた。
「……そうか」
好ましい話ではなかったのだろう、ダンブルドアはソファからゆっくりと立ち上がると、自分の持ってきた時計で何かを確認する。
「さて、それではわしも行こうかの」
「もうですか?」
「そろそろここを出ないと汽車に間に合わなくなってしまう」
「ああ!」
曲がりなりにもホグワーツの校長であるダンブルドアが汽車に乗り遅れた等という事があっては大変だと、リーマスとシリウスは老人を見送るために腰を浮かせたが、必要ないといつもの穏やかの笑顔で言った。
リビングを後にするダンブルドアに別れの挨拶をするシリウスとリーマスの事を無視して、ジュニアは二体のぬいぐるみを抱えたまま二人の視界から消え去る。
短い両脚を動かしてやってきたのは、丁度ダンブルドアが扉を開けていた玄関。
「ねえ、ねえ、いい事教えてあげる」
「いい事?」
「うん。貴方には教えてあげる」
ノブに手を掛けたまま振り返ったダンブルドアが見たのは、笑っている子供だった。
ただ、その笑い方は父親に見せる物とも、友人に見せる物とも、そして先程まで浮かべていた物とも違う。明らかに目の前の相手を嘲笑するような笑みだった。
厳しい目付きをする老人の視線にも怯むことなく、ジュニアは淡々とした口調で続ける。
「貴方の所為でパパは消える。さあ、この言葉で死にたくなるほど苦しんで?」
「それはどういう……」
「じゃあね『ひいおじいちゃん』」
自分の言いたい事を言い終えると、ジュニアは何時取り出したのか判らない杖を右手に持ち、目の前の男に向けて魔法を放った。
眩い閃光の後、ダンブルドアは見覚えのある車内にその姿を現していた。外では汽笛がなり、今まさにこの汽車が出発しようとしている事を知る。
「どうやらはとんでもないものを拾ってきたようじゃの……」
一瞬の事とはいえ、自身に反撃を一切許さなかった小さな子供。
その年齢に似つかわしくない笑みを浮かべ、不吉な事を平然とダンブルドアに告げたのは、彼の父が祖父よりも息子を信頼しているからなのだろう。
きっとこの駅のホームの何処かでハリーを見送っている孫の事を考えながら、流れていく灰色の景色をぼんやりと眺めた。