曖昧トルマリン

graytourmaline

Rabbits and Hare

 最近ジュニアは色々なものを捕まえ出した。
手始めにウィーズリー家のロンの豆フクロウが捕まった。巨大なヒキガエルも子供用のバケツに窮屈そうに入れられていた。偶然庭を通りかかったらしい様々な野良猫をよく見せに来る。
 蛇を素手で捕まえてきた時はシリウスが余りの事に言葉を失っていた。それを虫篭に入れようとするジュニアをリーマスが必死に止めていた。
 ハリーの手紙を届けに来たヘドウィグも油断したのか遂に捕まってしまった。
 そして、本日の獲物は。
「パパ、パパ! 見て見てー」
 既にお決まりの台詞と化しつつその言葉が何処からか聞こえ、は吸い始めたばかりの煙草を灰皿に押し付けて急いで自室を出た。
 初めて息子が豆フクロウを捕まえて以来、放って置くとあの子供に捕まってしまった被害者が窒息死する可能性がある事を覚えた父親は、何を置いてもその声の出所に急ぐ事にしたのである。
 二階の窓から裏庭を覗けば、ぬいぐるみを脇に置いて座り込んだジュニアが、涼しそうな木陰からに手招きしていた。
 誰も見ていないのをいい事にはその窓から庭へと飛び降りて、毎度の如く誇らしそうな顔をしているジュニアに捕まった獲物を確認する。
 猫のように見えるが、いつもみたいに不満げな鳴き声は上げてないので多分違う。よく見てみると、頭を突っ込んでいた狭い脇の間から耳が飛び出して、反対側からはYの字をした鼻が見えた。
「アナウサギか」
「うん!」
 野生のうさぎ自体はも何度かこの家でも目撃したが、それにしてもジュニアに捕まった個体からは警戒心というものが全く感じられない。
 第一、普段は巣穴に隠れている真昼間に捕まるのは間抜けとしか言いようがない。しかも、人間に捕まったことに対して危機感を抱いていない。
 と、言うよりも、もっとよく観察すると、うさぎはジュニアの腕の中で寝ていた。
「どうしたの、パパ。そんな顔して」
「いや、おれの知っている屋敷のうさぎとは矢張り違うな……と」
「パパの知ってるうさぎさんってどんなの?」
「単独で行動して、警戒心が強くて、人見知りして、物音に敏感で、臆病だけど攻撃的」
「なんか、パパと違うね。パパもうさぎさんなのに」
「そうか?」
「うん、ジュニアの知ってるパパは違うもん。ねー、あなうさぎさん」
 ジュニアの言葉に反応したのか、足が土で汚れた茶色の体毛のうさぎがクリクリとした目玉を向けて来て、喜んでいるらしく鳴き声を上げる。
「屋敷に居るのは野うさぎだからな。おれやこいつとは種族が少し違うが」
「そうなんだ。パパのうさぎさんは、確かロップイヤーだよね」
「本物のロップイヤーは大人しくて人間にもよく懐く、おれみたいに攻撃的じゃない」
 どちらかと言うと野うさぎに性格が近いは、自分でも何故ロップイヤーになったのか不思議がった。
 しかし、ジュニアはその言葉を再度否定する。
「ジュニアは何でパパがロップイヤーになれたのか判るよ」
「そうなのか」
「うん」
 隣に座った父親の膝の上に移動すると、うさぎはジュニアの腕から身を乗り出しての手を舐め始めた。
 その手で頭を撫でると、もっと撫でろと手のひらにふわふわの毛玉が力強く押し上げる。
「パパの周りの環境が、パパをロップイヤーに出来たんだよ。あの屋敷はね、ちっちゃい頃のパパがうさぎで居ても平気な場所だったの」
「……そうだな、ジュニアの言うとおりだ」
「でしょ?」
 にっこり笑うジュニアに頬を寄せ、まだあの屋敷の中だけが自分の世界だったころの記憶に目を細めた。
 屋敷に居た生き物たちは人間嫌いが多かったけれど、自分にはとてもよくしてくれた。生まればかりで泣くことしか知らなかった自分をちゃんとここまで育ててくれた。
 あの家にいる存在一人一人がの親で、それぞれの形で今でも愛してくれている。足りないものも確かにあったけれど、それでもあそこは誰が何と言おうと自分の家で、帰るべき唯一の場所だった。
「パパ?」
「ん?」
「お家に帰りたい?」
「……いや」
 妙にしんみりしてしまった父親にジュニアが不安そうに訊いて来る。
 それに否と応えると、柔らかい頬にキスをして息子が腰からぶら下げた白い石のお守りを指でなぞった。
 自分とは違う、野うさぎが彫られたそれは、ハリーに渡したものと対になるようが持っていた石で作り上げたもの。
 いま自分が最も大切な子供たちに授けた、彼らの身を災厄から守るためのもの。
「……あ」
「どうしたの、パパ」
「いや……」
 そこで口を噤んでしまったの代わりに、今まで暢気な顔をしてまどろんでいたうさぎが突然その体を起こして忙しなく周囲を確認し始めた。
 長い耳を色々な方向に向け、一瞬その動きが止まったかと思うと、後ろ足でジュニアを蹴り上げて庭の茂みの方へ走っていってしまう。
「あ、とジュニア居たよ。シリウス」
「本当か? 何処行ったか探してたんだぞ」
 うさぎの天敵が二匹、家の方から現れたのはその直後の事で、ジュニアは何故うさぎが逃げてしまったのか理解してシリウスとリーマスを指差した。
「パッディとレミィのせいでうさぎさん逃げちゃった!」
「え、そうなの? ごめんね、ジュニア」
「でも『うさぎ』ならまだそこに居るだろ?」
 性格が現れたその一言で、はジュニアを申し訳なさそうにしているリーマスに預け、ニヤつきながら下らない事を言ったシリウスに向かって拳の関節を鳴らす。
 謝る暇もなく顎へのアッパーでKOされた男は、弧を描いて芝生の上に大の字で気絶した。
「パパがパッディの前でうさぎさんになれる日は来るのかな?」
「あ、それは来ないと思うよ。一生」
 うさぎと犬の力関係をよく知っているリーマスとジュニアの会話に、は深い溜息を吐いてからシリウスのローブを掴み、引き摺りながら家の中へと帰っていく。
 残された二人と、二体のぬいぐるみは、それぞれ互いに顔を見合わせて家主を追って裏庭から姿を消した。