曖昧トルマリン

graytourmaline

Children meets Serpent

 新聞片手にまだ日も昇っていない早朝にシリウスとリーマスを叩き起こし、ジュニアに優しいキスを一つ落として出かけたはまだ帰ってこない。
 今日はちゃんと「行って来ます」をしてくれた父親を待つ間、ジュニアは不機嫌そうな父の友人を避けてぬいぐるみと一緒に庭のある木の下で作業していた。
 小さな子供用のスコップ片手に拳大の石をあちこちに埋めては、芽が出るわけでもないのにボトルに入った怪しい水をかけていく。
「……んー?」
 そんなジュニアがまだ朝日の差し込まない裏庭の、奥の茂みで何かが光ったのを発見した。
 首を傾げて瞬いている間にそれは消えてしまったが、自分の見たものに絶対の自信を持ったジュニアはスコップと石を片付けた足で大きな虫取り網を取って帰ってくる。
「今の何だろうね」
 プラスチック製の小さな虫かごをぶら下げ、二体のぬいぐるみを両肩にしがみつかせた格好のまま、先程光が見えた場所へと向かうと、そこには何の姿もなかった。
 しかし、足元の雑草は裏の勝手口の方に向かうように倒れている。
「何か大きなの引きずってるねえ。うーん、袋詰めにされた死体かな?」
 倒れている雑草の幅を見て、最近読んだ本からの知識から来た想像でジュニアはそう呟いた。
 そんな物騒なものがあってたまるか。ここにセブルスでも居ればそうツッコミが入っただろうが、彼は大分前にこの家から去っている。
「キラキラした袋詰めの死体さんどこですかー?」
 光っていたものの正体は未だ判らないが、それでも絶対にそれはないと断言できるものを探し出したジュニアは、ほんの数歩も歩かないうちに再び面白そうな物体を発見した。
 昨日まではそこに無かった、暗い色をした縄のような何かがとぐろを巻いている。
 薄暗い中でそれに手を触れてみると少しひんやりしていた。手のひらを滑らせてみると表面はザラザラしていて鱗みたいな物がある。
 いや、みたい、ではない。それは間違いなく鱗だった。
「……」
 それを認識した茶色の瞳が自分の身長よりも少し高い位置に目線を上げる。
 縦に切れた瞳孔と、太い牙の生えた大きな口が、そこにはあった。
「……」
 空気を震わせて視線の合った小さな子供を威嚇し始めた巨大な蛇に対して、その子供は虫取り網を持ったまま呆然としている。
 しかし、呆けているのは恐怖からではない。その目は、とても面白い玩具を見つけた子供のようにキラキラと輝いていた。
「ヘビさんだー!」
「……!」
 奇声とも歓声ともつかないものを上げ、ジュニアはヘビの胴体に力いっぱいダイブする。
 小さな体だったが、打ち所が悪かったのか、巨大な蛇は苦悶の表情を浮かべ出来るだけ自分を恐ろしく見せようと必至になって体に抱きついている子供を威嚇した。
「すごーい。おっきいヘビさん」
 好奇心一杯でヘビに触りまくっているジュニアはそんな威嚇など興味なさそうに、自分のしたい事を自分のしたいように行っている。
 大半の子供、いや、大人でも凍り付くか逃げるかする状況でこの行動。血は繋がっていなくても流石の息子なだけはあった。
「さっき見たのはヘビさんのおめめだったんだね」
「……」
 虫取り網を持ったまま物怖じしない子供にヘビは威嚇を諦めたのか、今度はその細い首に太い胴を巻きつけてゆっくりと締め上げ始める。
 常人なら間違いなくパニックに陥る状況も、ジュニアにとっては遊びでしかないのか、きゃあきゃあ言いながら体全体を這う鱗の感触を楽しんでいた。
 数秒もしないうちに、この子は駄目だと悟った蛇は巻きつけていた体を解いて小さな頭の前に顔を寄せる。
「ヘビさん綺麗なおめめだね。パパの持ってる宝石みたい」
 曇りのない茶水晶のような瞳が爬虫類独特の瞳を見てそんな感想を言うと、蛇はその言葉を理解したのか先程に比べると雰囲気が幾分か穏やかになった。
「ねえねえ、お姉ちゃんの名前は何ていうの?」
「シャー」
「ナギニお姉ちゃんって言うんだね。じゃあ、ナギィちゃん! あとね、ジュニアはジュニアって言うんだよ」
 お姉ちゃん、の一言で雰囲気を劇的に変えた蛇は、ジュニアをいい子いい子するように鼻先を真っ黒な髪に押し付ける。
「ナギィちゃんはなんでお家に来たの?」
「シャー」
「ふうん。『ぼるでもおと』って人がパパの様子を見てきて欲しいって言ったんだ……ごめんね、今パパ出掛けてるから会えないの。ジュニアはお留守番」
「シャー」
「パパ居ないの知ってるの?」
「シャー」
「え、帰り道が判らないの?」
 もしもこの場に同居人のどちらか片方が居ようものなら血の気の引くような内容を、パーセルマウスでもないのに蛇と会話していたジュニアが困った顔をして腕を組んだ。
 ヴォルデモートに使いっ走りに出されたナギニ曰く、抜け道を教えられ一晩かかって家に入ったはいいが、目当ての人物がおらず仕方なく帰ろうとしたところ、見えない何かに阻まれた敷地内から出られなくなったらしい。
「うーん、多分お家にかかってる魔法だと思うんだけど、ジュニアもよく判んないし……」
 元々この家には何重もの魔法が施されていたが、如何せん古い魔法という事で更に家主が同居人の為に色々重ね掛けをしたという経緯がある。
 並みの魔法使いではまず歯も立たないそれに、ただの巨大な蛇であるナギニが太刀打ち出来るはずなく、そうは見えないが途方に暮れていたらしい。
「ゆーちゃん、どうしたの?」
 事の経緯をジュニアの口から聞いたヴィオラセウスが、何か案があるのかジュニアの髪を引っ張って自分の方へ向かせた。
 ぬいぐるみに蛇の会話は理解できなかったように、蛇もぬいぐるみが何を言っているのか全く理解出来ずに一人と一体の無言の会話を黙って見つめている。
「うん、わかった。ナギィちゃん、ちょっとどいて」
 ジュニアの言葉通り大人しく場を譲ったナギニの、その向こうにあったレンガ造りの壁の前に立つと、ヴィオラセウスを地面に下ろして何をするのかをを見守った。
 白いトラのぬいぐるみは何処に何をすればいいのか全てを知っているような手際で壁に掛けられていた魔法を解除して行き、ほんの数秒で大人が二人並んで通れるくらいの大きな穴を出現させる。
「ゆーちゃんスゴーイ!」
 少しだけ朝露に濡れてしまったヴィオラセウスを抱き上げ、複雑な魔法を数秒で解除してしまった事に純粋な賞賛が述べられた。
 しかしヴィオラセウスは差し込みだした朝日を確認すると、ナギニに向かって早く行けとジェスチャーし、ナギニも短く空気を震わせると急いでその穴に体を滑り込ませる。
「ジュニア、ここに居るのかい?」
 その穴が塞がれた瞬間、ジュニアと二体のぬいぐるみの背後からよく知った声が聞こた。
「レミィ!」
が帰ってきたよ。ハリーも無事だったって言うし、朝ごはんにしよう」
「するー!」
「朝から虫取りなんて、君はいつも元気だね。何か虫は見つかったかい?」
「虫さんはいなかったけどね、ナギィとお友達になったよ」
「そっか。じゃあ、またそのナギィと会えるといいね」
「うん!」
 ジュニアの言葉を真剣に受けず、いつも通り流すリーマスは踵を返し、家の方へ消えていく。
 足元で倒れていた雑草は嘘のように普通に生えていて、ナギニが居た形跡を一切感じさせないその現場でジュニアはほくそ笑んだ。