曖昧トルマリン

graytourmaline

Only The Gossip

「そういえば、まだ礼を言ってなかった」
「礼?」
「ワールドカップの事、本当に感謝している」
「ああ、なんだそんな事」
「弟の親友だしな」
「チケットがあるなら誘うに決まってますよ」
 当然のようにそう言った兄弟に、は申し訳なさそうに笑い棚に置かれていたビンを取り、中に入っている物質の確認をする。
「おまけに薬の材料を探す事まで手伝わせて……」
「それも気にしないで下さい、どうせ暇だし」
「こういうの得意なんですよ、家が家だし」
 継ぎはぎだらけのあの家をが知っているのかは謎だが、ビルは薬品棚から正確に材料を探し出し、チャーリーはジュニアの相手をしながらそう返した。
 ジュニアはジュニアでこの赤毛の二人が大層気に入ったのか、ぬいぐるみを抱えたままチャーリーの腕の中で至極ご満悦の表情をしている。
「ハリーを預かっている魔法使いがだってもっと早く知ってたら、チケットを手に入れられたんですけど」
「いや……おれは人混みが苦手なんだ」
「そう言えば、何か学生の頃そんな事を聞いた気がする」
 ビルが必要な材料の最後の一つを探しながら言うと、形のいい黒い眉が僅かに顰められる。
「下らない噂が多そうだ」
「当時は時の人でしたから。色々誇張されたのもあると思いますけど」
「ああ、そうだ。確か人嫌いだからって遊びに行った遊園地を貸切にしたとか……」
「何だそのとんでもない噂は」
 確かに学生時代に遊園地に行かざるを得なかった記憶はある。が、そんな事をした事実は一切ない。
 むしろそれは何処のブラックの話だ、と反論したくなったが、当然出来るはずないので、仕方なく項垂れるだけにしておいた。
「あ、やっぱり違ったんだ」
「当然だ。人混みが嫌ならそんな所に行かない」
「ですよね」
「ねー」
 チャーリーの語尾に合わせてジュニアが首を傾げると、他にはどんな噂があるのか尋ね始めた。
 自身はあまり聞きたくはなかったが、そうも言っていられない。間違った噂はたとえどれだけ時を経ていようと己の為に訂正しなければならない。
「えーっと、写真嫌いでホグワーツ中のカメラを焼き払ったとか」
「写真嫌いは合ってるが、そんな眠り姫の王様みたいな事はしていない」
 フィルムを抜き取ったことはあるが、という言葉は胸の奥にそっと仕舞い込み、まず一つ訂正をする。
「喧嘩したダンブルドアにドラゴンをけしかけた、とか」
「流石にそれはない」
 基本的にそういった場合は自分の拳で殴りに行った、猛禽類ならけしかけた事はある。とも言えず、苦い顔をするに二人はどう解釈したのか苦笑し合った。
 ジュニアと、そして彼に抱かれているニゲルとヴィオラセウスはその表情のする事が正確に理解できたのか、こちらもこちらで苦笑し合う。
「じゃあ、日本の人形やお菓子に魔法をかけてホグワーツを制圧したっていうのは?」
「それは実際にあったんだが……おれではない」
 しかし自分の父親と、あの髭が原因だという事を伝えるべきか躊躇った。見ると、ニゲルが言わなくていいとばかりに首を左右に振っている。
 と、二人の口から頭痛の原因になりそうな発言が飛び出した。
「あと、とんでもない噂の類だと、本当は男装した女の子で、その正体は実は天使だったとか」
「え、ぼくは不老だから人生のパートナーを探しにホグワーツに忍び込んだって噂を聞いた事あるよ」
「判った、その噂の出所は見つけ次第頭をカチ割る」
 こめかみを押さえてそう言うの傍で、ジュニアが不思議そうに首を傾げて二人の赤毛を見比べた。
「パパ男の人だよ? それに、普通の人だよ?」
「勿論さ、ジュニアくん。ただの下らない噂だよ」
「信じてたのは彼のファンクラブの、更にごく一部の奴だけだから」
「おれはそのファンクラブとやらも存在を認めたことはない」
「じゃあ、ファンクラブ非公式説は本当だったんだ」
「下らない噂が多過ぎる……」
 しかも一つ一つが何処かぶっ飛んでいて、当時は確かに多少は尖っていて過激な事もしていたが、ここまで言われる程酷くはなかったはずだ。
 しかも天使云々に関してだけ言えば、もう既に尾ひれ背びれのレベルすら超えている気がしてならない。
「ああ。あとこんな過激なのも聞いた事ありますよ?」
「過激?」
「ええと、確か入学当時に気に入らない教授を半殺しにしたとか」
「後は喧嘩した生徒を何人も重症にして、長期の謹慎処分を受けたとか」
「これも信じられてないよな」
「そうだな」
「……」
 残念だがそれは真実だと告げるべきなのだろうかと、口を開きかけたところに今度はヴィオラセウスが勢いよく首を左右に振っているのに気付く。
「あ、ビル。これじゃないか、探している材料って」
「本当だ、よく判ったな」
「目はいいからな。、必要な材料はこれでいいですか?」
「あ、ああ。ありがとう、本当に助かった」
「ジュニアくん見てますから、先に清算してきて貰っていいですよ」
 一人と一体の間で交わされたアイコンタクトに気付かなかった二人は、茶色っぽいビンに入った薬草をに手渡して、店主の元へ向かって行く背中を横目にもう一度リストを確認する。
「それにしても、何か凄い魔法薬が出来そうな材料だよな」
「そうだな、でもこれだけじゃ、何が作られるのか想像も付かない」
「そうなの?」
 腕の中のジュニアがふっくらとした頬を胸に押し付けながら尋ねると、二人は「そりゃあ」と呟いた。
「君のパパは天才だよ、当時肩を並べられる魔法使いは大人だってそう居なかったんだから」
「でも、パパは普通の人なんだよ?」
「ジュニアくんも、もっと大きくなれば判るよ。自分のパパが特別な人なのかって事を」
「違うもん。パパは普通の人だもん、普通のパパだもん」
 ぷ、と膨らんだ頬をつつけばジュニアはいやいやと首を振って、チャーリーの腕から逃げ出す。
 お釣りを受け取っていた父親の脚にしがみつくと、は少し驚いたような表情をして、それでも直に笑顔になって小さな体を片腕で抱え上げた。
「参ったな、機嫌損ねちゃったかな」
「すいません。怒らせちゃったみたいで……」
「いや、謝ることなんてない。ジュニア?」
「やっ」
 両肩にニゲルとヴィオラセウスをぶら下げ、服にしがみついて肩に顔を埋めたまま返事をする息子に、仕方ないと目で笑いながらビルとチャーリーに頭を下げる。
「ありがとう、今日は本当に助かった」
「そんあ、こちらこそ。楽しかったです」
「暇があったら家にも来てくださいね。皆喜びます」
「そうだな、機会があったらお邪魔させて貰おう。ジュニア、お兄ちゃんたちに挨拶は?」
「やっ」
 力いっぱい握り締めていたの服を胸元に引き寄せ小さな頭を左右に振る子供に、赤毛の二人は困った顔で笑い、それじゃあと言って二人の前から姿を消した。
「ジュニア?」
「……」
「……ジュニア、家に帰ったら一緒にお風呂入ろうか」
「パパと二人だけなら、入る」
 更に服を握る力を強くした息子に、はそうだ、という返事の変わりに頭に軽いキスをする。
 普段ならばシリウスやリーマスとも一緒に入りたがるジュニアが自分だけを指名するのは珍しい。
 二人のどの言葉がこの小さな子供の機嫌を損なわせたのは気になったが、きっと、自分にだけはちゃんと、遠回りだろうと話してくれる。
 縋る、と呼ぶにはあまりにも力が込められた拳を握り返す事が出来ない自分に僅かな憤りを覚え、も腕の中の小さな体を離さないようにしっかりと抱きしめると、その耳元で「帰ろう」と出来る限り優しく囁いてその場所から姿を消した。