曖昧トルマリン

graytourmaline

Don't Worry, Be Happy

「「ハッピーバースデー! ハリー!」」
 双子の声と、大砲のような音でハリーは誕生日の朝を迎えた。
 いきなり夢の世界から引き摺り出されたハリーは、思わず心臓の上を握り締めてドアの方を厳しい目つきで睨む。
 そこには顔のよく似た赤毛が笑って立っていた。
「フレッド! ジョージ! もう少しまともな起こし方しろよ!」
「弟よ、おれたちは四六時中大真面目大マトモだとも、なあジョージ」
「そうだともフレッド。これなら寝坊なんて絶対しないぞ、ロニー坊や」
「本当なら深夜0時に決行したかったんだがな」
「流石にそれを実行するほどおれたちも常識外れじゃあない」
「気持ちはありがたいんだけど、せめてもう少し音小さくしてよ。目覚める前に心臓麻痺で死んで誕生日が命日になる所だった」
 ハリーは気絶してしまったらしいピックを摘み上げ、ロンに渡した。
 双子の笑い声に混ざって、下の階からはモリーとパーシーの怒鳴り声がそれぞれ聞こえ、ビルとチャーリーの爆笑する声がある事に気付く。
「何事なの?」
「よう、おはよう。ハーマイオニー」
「おれたち丁度今、ハリーの誕生日祝いを開始した所なんだ」
「お願いだから二人とももう少し良識を持ってよ……」
 原因が判明した途端、寝起きのボサボサ頭を左右に振りながらハーマイオニーはジニーの部屋へと消えていった。
 双子は大きなクラッカーを持ったままニヤリと笑い合って、まだパジャマでいるハリーに向かい早く下のダイニングに来るように告げる。
「「バースデーケーキが沢山届いてるぜ」」
 綺麗にハモりながらそう言って、寝癖だらけの格好で怒鳴りに来たらしいパーシーをからかいながら逃げてしまった。
「……」
「……あ、そうだ。ロン」
「なに?」
「ヘドウィグ知らない? 昨日の昼頃出ていってから居ないみたいなんだけど」
「本当だ。籠も空だし……ママに聞いてみよう」
「うん」
 双子の悪戯(今回は悪戯ではないのだが)をあまり長く引き摺っても仕方ないという事を理解している二人は、ヘドウィグを探すためにさっさと着替えを済ませて一階のダイニングへと降りていった。
 そこでは既に庭のほうに朝食の準備を終えたロンの母親が、双子を叱っていた。
 恐らくパーシーから逃げ切った後、彼女に捕まったのだろう。
 しかしハリーに気付いたモリーは一旦説教を止めて、にっこりと笑いながら「ハッピーバースデー、ハリー」と言ってくれた。ハリーもそれに笑って返すと、ふと、テーブルに詰まれた箱とそこに誇らしげに佇むヘドウィグに気付く。
「貴方宛のバースデーケーキですよ。夜にヘドウィグが届けてくれたんです、そこのフルーツケーキはわたしたちから」
「あ、ありがとうございます! ヘドウィグもお疲れ様」
 何度も頭を下げてお礼を言うと、モリーは気にしないでとばかりに更に笑った。しかし、ハリーから視線を逸らすと再びフレッドとジョージの説教に入っていた。その表情には、先程ハリーに向けた笑みなど一欠片も入っていない。
 ヘドウィグはハリーの耳たぶを甘噛みすると、眠るためなのかそのまま外に出て行ってしまった。きっと窓からロンの部屋に入るのだろう。
「ぼくたちのからを除くと、後はハグリッドとハーマイオニー……」
「おはよう、ハーマイオニー。ケーキありがとう」
「おはよう、ハリー。ハッピーバースデー、なんだかケーキの数が結構あるわね」
「うん、そうなんだ……」
 どれから食べようか既に迷っていたハリーは、先程とは違い、きちんと身なりを整えているハーマイオニーに向かって頷いた。
「ハリー、ルーピンからも来てるよ。あと一つ、ぼくらの知らない人から」
「ロン、それハリーに届いたのよ?」
「別にいいよ。それよりあと一人って、もしかしての事?」
「ああ、うん。そうみたい……って書いてある。で、この人だれ?」
「ロンったらもう忘れたの!? ハリーがここに来るまでお世話になってた人ってこの間ハリーから聞いたじゃない!」
「いま誰かって言った?」
 同場所で二つ目の説教が開始されようとしたところに、階段から下りてきた長男のビルがダイニングにいる全員に訊ねた。
 その後ろに続いて来たチャーリーも説教が終わったらしい双子の頭をぐしゃぐしゃにしながら辺りを見渡した。
「ビルとチャーリーはの事知ってるの? あ、でもそう言えば……は二人には会った事あるようなこと言ってたっけ」
 ハリー、ロン、ハーマイオニーは顔を見合わせ、代表としてハリーが二人に話しかける。
 すると逆に二人が驚いたように三人を見つめた。
「いや、ぼくは会った覚えはないよ? ただ学生当時ホグワーツ内で結構名の知れた人だったから。彼ダンブルドアの孫だし、ぼくがホグワーツに入学したとき卒業してたけど、ファンクラブの名残やいろんな噂があったよ」
「そうそう、特に有名なのがダンブルドア不仲説と史上最年少で闇祓いに就いた天才少年って事だよ。不仲説の事実は不明だけど闇祓いの方は本当で、ホグワーツ時代にスカウトされてちょっとした新聞記事になったはずだ。ただ、それっきり音沙汰なかったよな」
「ダンブルドアの孫で闇祓い!? そんな凄い人だって一言も聞いてないぞ、ハリー!」
はそういう事言い触らすのをよく思わない人なんだよ。第一、史上最年少で闇祓いになった事はぼくも今知ったし……」
「でもそれならきっと、とても優秀な人なのね。一度会ってみたいわ」
「なんだロニー、お前姫に会ったことないのか」
「姫は大変素晴らしい方だぞ。まず何事にも動じない精神を持っている」
「そして男にしておくのは勿体ない程見目麗しい」
「「なにより姫は姫で騎士で魔法使いなのだ!」」
「姫で騎士で魔法使いって何だよそれ」
「見目麗しい騎士道精神溢れた清純肉体派魔法使いって事だよロニー坊や」
「そのまま姫で騎士で魔法使いだと言うのにそんな事も読み取れないのかロニー坊や」
「会ったこともないのに判るはずないだろ!」
「因みに僕らの悪戯心も心得ておられる超ハイスペックな姫だ」
「きっとあのハイスペックな姫ならフィルチもスネイプも片手で捻るぜ」
「あ、そう言えば。の家にスネイプが来た時は眼力だけで瞬殺したよ」
「眼力であのスネイプ先生を瞬殺ってその人本当に人類なの!?」
「スネイプ瞬殺か、流石天才って噂された闇祓いだな」
「そりゃ最高だな。是非会ってみたい」
「先生を片手で捻る事が出来る人に姫って、どういう事なのよ」
「ぼく筋骨隆々のマッチョしか思い浮かばないんだけど」
「スネイプに一泡吹かせればぼくは外見気にしないよ」
「ビルって相変わらすスネイプの事が嫌いだよね。やあ、おはようジニー」
「おはよう、チャーリー。それにみんな」
「おはようジニー。でもは別にスネイプに命令してるわけじゃないよ……確かに、お願いしてるって感じでもないんだけど。それにしても二人はいつに会ったの?」
「「おお、ハリー! ぼくらと彼の運命の出会いを是非とも聞いてくれ!」」
 フレッドとジョージが示し合わせたかのように言うと、丁度そこで大きな咳払いが聞こえた。
 全員がそちらの方を向くと、モリーが鬼みたいな形相で睨んでいる。
「朝食が冷めます!」
 そう一喝され、双子は一目散に庭のほうに出て行ってしまった。
 ビルは起きてきたばかりで訳もわからないうちに叱られたジニーを抱き上げてそれに続き、チャーリーは今丁度階段を下りてきたパーシーをからかいながら同じように庭へ向かう。
 最後に、ロンの父親のアーサーがやってきて、何が起きていたのかハリーたちに聞こうとしたが、モリーの咳払いによって今までの事を話すのは不可能になった。
「ロン、ハーマイオニー。ちょっと手伝って」
「ええいいわよ……って、ハリーこれ、あなたのケーキじゃない」
「だってこの量は一人じゃ食べきれないよ。ちゃんと全員分食べるから、残った分は皆で分けようよ。放っておいて腐ったりしたらそれこそ君やロンのおばさんに失礼だし」
「……それもそうね」
 確かにこの量を一人で消費するには少々きつい。そう結論付けた三人はケーキを持って庭に用意してあったテーブルへと着いた。
 モリーともハーマイオニーと同じようなやり取りをして、最終的には朝食と一緒に様々なケーキが並ぶ事になった。
「あれ、ハリー。それ何?」
「リーマスとシ……パッドフットからのカード。ケーキはぼくさえよければみんなで食べなさいって書いてある……あ、こっちはジュニアからだ」
「ジュニア?」
の息子」
「「なんと!? 姫は所帯持ちであったのか!」」
「違うよ、ジュニアは養子。顔はとそっくりだけど……でも、ぼくも詳しくは知らない」
 ソーセージを食べながら聞いてきたロンにハリーは少し癖字のカードを見せた。文字はリーマスのものだけだったが、カードの右下に大きな肉球が押されている。
 便箋の方には暗号にも近いような文字で「ハッピーバースデー、ハリー」と綴られた言葉でも、父親に文字を教わりながら必死に書いた様子が目に浮かび、思わず笑みを零す。
 今度はバスケットの中から丸められた羊皮紙を取り出し、からのメッセージを読み始めた。
 誕生日おめでとうから始まり、プリンのタルトはみんなで食べるように、とか、マドレーヌは日持ちする、とか、要点をまとめただけ書いた手紙だったが、彼らしいと言えば非常に彼らしい手紙だった。
 手紙を読みながら笑っていると、横からそれを覗き込んでいたハーマイオニーが少し申し訳なさそうにハリーに尋ねてくる。
「……ねえ、ハリー。さんって、女性じゃなかったわよね?」
「は!?」
 唐突に訳のわからない事を聞いてきたハーマイオニーに、ハリーは思わず持っていた手紙を落とした。確かには女性らしい面を持つ男性だし、女装も似合いそうだが、断じて女性ではない。
 多分、自分たちは大丈夫だと思うのだが、居候たちがそんな事を少しでも口走れば辺りは一瞬で血の海と化すような禁句の一つだ。面と向かって聞いた事はないが、きっとは自分の女顔を気にしている。
「なんでそんな事聞くの?」
「だってこの人、字が綺麗過ぎよ。これ男の人の字じゃないわ」
「でもは男の人だよ……それに」
「そう、それにおれたちが姫と呼ぶくらいの外見は素晴らしいんだ。そして内面はもっと最高だ」
「艶のある長い黒髪に大きめの澄んだ黒い瞳。傷一つない白い肌と薔薇色の唇は少女のように可憐……まあちょっと鼻が低いのはそれはそれで可愛いチャームポイントだ」
「……フレッド、ジョージ。の前では絶対にそういう褒め方しないほうがいいぞ」
 以外にも、それを注意したのはハリーではなく、ロンの父親のアーサーだった。隣ではモリーが昔を思い出すようにうんうんと頷いている。
「「パパ、姫の事知ってるの!?」」
「だからビルじゃないんだし、彼の事を姫なんて呼ぶんじゃない」
「は!? ぼく何かした!?」
 いきなり話の槍玉に挙げられたビルが驚いた顔で父親を見つめると、なにやらモリーがくすくす笑いながらポテトサラダのお代わりをパーシーに手渡して口を開いた。
「もう十年以上も前の話だから覚えていないかもしれないわね」
「もったいぶってないで早く話してよ、ママ」
 双子そっくりの意地の悪そうな笑みを浮かべたチャーリーに、アーサーは「お前も似たり寄ったりだ」と呆れた様子で言う。
「あれは、モリーとわたしと、まだホグワーツに入学していないビルとチャーリー、それに生まれたばかりだったパーシーを連れてダイアゴン横丁に行った時の事だ」
「パーシーがちょっとぐずってね、目を離した隙にビルとチャーリーが迷子になったの。アーサーはすぐに二人を探しに行って、そのちょっと後かしら。可愛らしい子がこっちに来てね、なかなか泣き止まないパーシーをすぐに大人しくさせたの。それでちょっと話したらアーサーの知り合いみたいで、ビルとチャーリーを探しに行ってくれたのよ」
「パパは姫とずっと前から知り合いだったの?」
「ちょっと用があってホグワーツに行った時に偶然会って話をしただけだよ。彼はダンブルドアの孫ということで結構噂になってたからね」
「噂って?」
「例の不仲説?」
「フレッド、ジョージ。黙らないとこの先は話しませんよ」
「「申し訳ありません、お母上」」
 一息つくためにモリーは紅茶を飲み、また話し始める。
「それからすぐノクターン横丁で見つけたってビルとチャーリーを連れてきてね、丁度アーサーも帰ってきて、二人で相談してお礼をしようと思ったんだけど……ビルとチャーリーがね」
「ビルとぼくが何かした?」
「した、と言うか……二人はにお礼を言ったんだが、それがあまり……その、よくなくてね。『ありがとう、お姉ちゃん』と言ってしまったんだ。その瞬間、彼の笑顔が凍ってね」
 ガチャン、と食器の落ちる音がしてそれぞれが音のした方向を見ると、ビルがフォークを、ハリーがスプーンを落としていた。
 ハリーは囁くように「よく無事でしたね……」とビルとチャーリーに声をかけ、ビルはテーブルに肘をつき、深く深く落ち込んでいる。
「ビ、ビル……どうしたの?」
「いや、ジニー。なんでもないんだ」
 そんな反応してなんでもないはずあるか、とテーブルを囲んでいた家族やその友人達が一斉に心の中でつっこんだが、ふと双子が何か思い出したのかケーキをつつきながらビルに向かって話しかけた。
「おれたちそれと同じような話を聞いたことあるよ」
「そうそう、随分前にビルとチャーリーに聞いた覚えが……」
「止めろ、それ以上言うな!」
「二人とも、ドラゴンの餌になりたいのか!」
「「それって二人の初恋の人だよ」」
「だから言うなって!」
「女の人と勘違いしてただけだ!」
「初恋の否定はしないのね……」
 一気に騒がしくなった食卓に、ハーマイオニーの言葉は掻き消されるが、ハリーはそれも仕方ないと諦めていた。
 だって、今もには、学生時代からの親友と称する恋人候補が付きまとって、一緒に暮らしているのだから。
って本当に昔から同性にモテたんだ」
 ボソッと呟いた言葉は誰にも聞こえていないはずだったが、後ろから相槌が打たれた事に驚き、ハリーは慌てて振り返った。
 そこにはプリンタルトを取りに来たらしいアーサーが、困ったような顔をして立っている。
「わたしと初めて会った時も、丁度バレンタインの日だったが……同室の生徒に追い回されていたらしいからね」
 それ間違いなくシリウスとリーマスです、しかも今一緒に暮らしています。とは返さずハリーはかなり曖昧な表情を浮かべた。
「笑顔がとても可愛い子だったよ。ビルとチャーリーが女の子と間違うのも仕方ない」
「それは……あの、判ります」
「面と向かっては言えないがね」
「そうですね」
 収集がつかなくなりつつあるテーブルを他所に、二人は内緒話をするように会話を続けた。
 そんな喧騒を眺めながら、ハリーはヘドウィグが目覚めたらに手紙を送ろうと考えた。勿論、バースデーケーキのお礼も添えて。