Countdown to The END : 155 [ EMBODY+ ]
「……ケーキ?」
「その様子だと用意してないみたいだね。実は明日が」
「ああ、ハリーの誕生日の事か?」
「「……!?」」
開け放たれた窓から差し込む夕日を受けながらはしゃぐジュニアの隣で冷蔵庫の中から大きなタルトを取り出したは、キッチンの入り口で固まったまま動けずにいる同居人たちを怪訝そうな顔で眺めながら口を開いた。
「まさかおれがハリーの誕生日を忘れたとでも?」
「だ、だって君! 今まで一度だって誰かの誕生日を祝った事なんてあった?!」
「いつだって思い出したように就寝前とかに『おめでとう』って言うくらいだっただろ!」
「単にそれは貴様等だっただからだ。ハリーは違う」
「パパね、昨日マドレーヌ作ってね。ハリィのためにジュニアとプリンのタルト作ったんだよ!」
ハリィにお手紙も書いたんだよ、とみみずがのたくったような文字が書いてある便箋を誇らしそうに掲げて、とても小さな胸を精一杯張ってみせる。
想い人とその息子に告げられる衝撃の事実に、犬と狼は打ちひしがれた様子でキッチンの入り口に膝を付き、なにやら過去の行為に関して自問しているようだった。
成人し尽くした野郎二人がそんな姿をしているのは非常に目障りだったが、現時点のにとってはそんな連中よりもハリーの為に焼いたプリンタルトの出来の方が気になったので無視をする。
「パパが作ったんだもん、ハリィも喜ぶよ!」
プレゼント用に用意してあった真紅のリボンを取り出したジュニアが家族の中で一番の気遣いをみせ、そんな息子の言葉に、も嬉しそうに口許を綻ばせた。
マドレーヌの入った大きなバスケットを父に手渡し、手の空いたジュニアがシリウスとリーマスの傍まで寄って、膝を抱えるようにして座り込み首を傾げる。
「そー言えば、パッディとレミィはハリィの用意したの?」
「あ、ああ勿論。一応おれとリーマスからって事でもう送ろうと思って」
「……でもパッディもレミィもケーキ作ってないよ?」
手元にそれがない事に気づき、不思議なものを見る目で首を反対側に傾げた子供に、二人は顔を見合わせて苦笑し合った。
それを見たジュニアは小さな頬を丸く膨らませ、タルトの箱にドライアイスを詰めているの方へ駆けて行ってしまう。
「パパー。パッディとレミィが作ってないのにケーキおくるって言ってるよ? ウソつきは舌を抜かれちゃって、ハリィがっかりしていじわるされるよ?」
「いやそうじゃなくてだな……」
「ジュニア、世の中には色々な贈り物を届けてくれるお店があるんだ。で、ぼくらはそのお店にふくろうで手紙を書いて、ハリーにバースデーケーキを届けてくださいって頼もうと思ったんだ。それでハリーに贈るならみんな一緒の名前のほうがいいんじゃないかって。判るかい?」
苦笑したまま弁明しようとするシリウスを押しのけて、笑顔のリーマスが父親のエプロンを引っ張っているジュニアに説明をした。
の腰のあたりにあった頭がしばらく考え込むように停止して、やがてその意味を理解したのか明るい表情をすると「便利だね!」と元気よく答える。
「そう、とっても便利なんだ。だからとジュニアも誘ったんだけど。遅かったみたいだね」
「だねー。でもね、ハリィはケーキ二つになるからうれしいと思うよ」
「そうだな。ハリーはおれと違って甘いものも好きだし」
「パッディあまいの苦手だもんねー」
父親の発言でへこんだ二人を浮上させた息子は、箱のラッピングを終えたにも同意を求めた。
丈夫なバスケットを持ったまま曖昧に笑い、開けておいたキッチンの窓から滑り込んできた一羽の鳥を肩に止まらせる。
「あーっ! ヘドウィグだー!」
音も無くやってきた真っ白なフクロウを指差してジュニアは抱き締めたそうにジャンプをするが、の肩に止まったまま、ヘドウィグは決してそこから動こうとしなかった。恐らく先日の豆フクロウが受けた仕打ちを見てしまった所為なのだろう。
変わりにジュニアに向かい優しく鳴いて、琥珀色の瞳でじっと見つめている。
「何でヘドウィグがここに?」
「手紙は持ってないようだし……ま、まさかハリーの身に何か危険が!? ヘドウィグ、ハリーの身に一体何があったんだっ!」
「違う、おれが呼んだ」
自分の想像にうろたえ、ヘドウィグに食って掛かるシリウスの鳩尾に蹴りを食らわせてから、ジュニアの手紙とタルトの入ったバスケットを彼女に渡した。
悶絶するシリウスを他所に、白いフクロウはに甘えるような仕草で擦り寄った後、ぱっと窓から飛び出した。それを追うようにして、ジュニアも窓際に慌てて駆け寄る。
これから夜通しイギリスの空を飛び、本来の主の下へとバースデーケーキを届ける事になるふくろうに、短い腕を精一杯動かして見送った。
「呼んだって……いつの間に?」
「ハリーがウィーズリー家に行くと決めた日だ。エロールの持ってきた手紙を読んだすぐ後でヘドウィグに今日来てくれるよう頼んだ」
虫が入ってこないよう窓を閉め、エプロンを脱いだに、リーマスは「流石だね」とだけ言って、床を這っているシリウスに追い討ちをかけるように背中に飛び乗ったジュニアの姿を生暖かい目で見守り始める。
「ねーねー! パッディとレミィの誕生日はいつ? ジュニアお祝いする!」
「うーん、ぼくもシリウスも先の話だからね。ちなみにぼくは3月10日生まれだよ」
「3月? えっと、もうすぐ8月だから……えっと……?」
指を折ってどのくらい先か計算しているジュニアを笑いながら眺めているリーマスとは対照的に、は煙草を銜え先程の衝撃の後から死にかけたゴキブリのような動きをしているシリウスを観察していた。
「ろ、6か月先?」
「うーん、残念。ほぼ7か月先だよ」
「7か月……じゃあ、いっぱい準備が出来るね!」
「楽しみにしてるよ。ぼくらもジュニアの誕生日をお祝いするから、ね? シリウス」
「お、おぅ」
そろそろ本当に気絶してしまいそうなシリウスを見て、ようやくは自分の息子にシリウスの上から退くように告げる。
傍から見ればそれは優しさにも見えなくもないが、実際は恐らく気を失ったシリウスを彼の部屋まで運ぶのが億劫なだけなのだろう。
その証拠に、彼の瞳の中には誠意が圧倒的に足りなかった。第一、容赦ない蹴りでシリウスを床に沈めたのは彼だ。
宙を漂う紫煙を視線で追いかけていたジュニアは、すぐにはっとして父親以外の二人の大人に大変な事を忘れていたと話し出した。
「パッディ、レミィ。ジュニア自分の誕生日ない!」
「え?」
行き成りそう言われ固まるシリウスとリーマスに、だけが落ち着いたようにもう一度煙草の煙を吐き出した。
「そう言えばそうだな。まあ、あると言えば結構あるんだが……面倒だから纏めて1月1日でいいんじゃないか。おれも毎年新年に祝っていたし」
「え、ちょっと待って!? それ初耳!」
「そうだぞ! 大体前、ってかまだおれたちが学生の時に訊いた時には『わからない』って即答したじゃないか!」
「書類はそうなっているだけで正確な誕生日は恐らく一生判らんぞ。おれ自身が知ろうとしていないし、例え知ったとしても誰かに教える気などない」
第一三十路を過ぎた男が嬉々として祝う事もないだろう、と鬱陶しそうな顔をして言うに、野郎二人は愕然と、再び床に膝を付いた。
しかし、今度はすぐに立ち上がり、まだ痛む脇腹を押さえながら勢いよくを指差して宣言する。
「来年、ジュニアと一緒に今までの分まとめて祝うからな!」
「おれの分はいらん。というか『まとめて』とは何年分だ」
「そんなのお前と出会った11歳から今までの分に決まってるだろう!?」
「止めろ。重いし気色悪い」
「勿論クリスマスプレゼントと一緒なんてけち臭い真似はしないから安心してね」
「相変らず貴様等の耳には何かが詰まっているようだな。いらんと言っているだろうが」
「パパ、パパ。ジュニアね、パパやパッディやレミィと一緒に誕生日のお祝いしたいよ?」
「……」
「パパは?」
今まで冷淡だったの態度が、息子のその一言で思わず詰まる。
かなり長い、本当に長い沈黙の後で、短くなった煙草をどこかへ消しながら、彼は諦めたように力なく首を縦に振った。
途端に嬉しそうにする息子と同居人たちを見て、敗北の二文字を抱えた家主が鬱な気分で夕食の準備に取り掛かったのは想像に難くないだろう。