いとまごい
「なんだ、新しい遊びか?」
ジュニアにしがみ付かれて身動きできなくなっているセブルス・スネイプを発見したは、二人の様子を見比べて不思議そうに首を傾げながら訊ねる。
「どこをどう見たらそんな結論に辿りつくんだ!?」
「ぱっ、パ…ッ、ぱ、パパーぁ……セヴィー、セヴィがぁー」
二人同時に口を開き、片方はやや憤慨しながら、もう片方は今にも泣きそうな表情で自分の感情をたった今、現場に来たばかりの男に訴えた。
取り合えず、遊んでいる訳ではないらしい事を悟ったは、貧弱な脚にしがみ付いている自分の息子を抱え上え、腕の中で暴れようとする子供をあやすように背中を撫でる。
「パパ、パパー……セヴィが、セヴィが帰るって」
「帰る?」
目一杯の握力で父親の衣服を掴み、涙ながらに訴える幼子の言葉に視線を下ろすと、確かにセブルスの足元には使い古されたトランクが転がり、部屋も綺麗に片付いていた。
自身には何も非はないのだが、どことなく後ろめたい感情が湧きあがるセブルスはそれを隠すために眉間に皺を寄せて苦々しい表情をしていて、それを理解したはというと納得したように頷きポツリと呟く。
「そうか……確かにそろそろ帰らないと新学期の準備に間に合わなくなるか」
「しん、がっき? 準備?」
「自分の家に戻って仕事の準備をしなければならないという意味だ」
「……!?」
セブルスの言葉に明らかにショックを受けたように見られるジュニアは、困惑顔の大人二人を見上げて声を張り上げた。
「やぁっ! セヴィ行っちゃヤッ!」
行かせないでくれと友人の服をぎゅっと握り締めて離そうとしない小さな少年にかなり困り顔のセブルス、こういう事に慣れていない所為もあるのだろうが、にはこの二人の様子がどこか微笑ましく思えた。
途端に、その表情を見たセブルスの顔は険しくなり、お前の息子だろう躾ぐらいしろとばかりに鋭い眼光で睨みつけてくる。
「大体なんでこの子供は機嫌が悪いだけの何もしていない私に懐いてくるんだ?」
「では何故昔のスネイプは手に負えないおれをやたらと構ったんだ?」
「……」
「つまり、そういうものなんだろう」
非常に複雑な表情を見せたセブルスには苦笑した。
諦めたように吐き出された溜息と共に、思わず愚痴が零れる。
「ポッターの時はここまで暴れなかったはずなんだが」
「だって、だってハリィは行ってきますって言ったから帰ってくるけど、セヴィはだまって行くから帰ってこないもん!」
「……、翻訳を頼む」
「黙って行くな、挨拶ぐらいして行け。だそうだ」
言いたいことが正確に把握できずその父親に助け舟を頼むと、は小さな体を下ろし、再びセブルスの脚に抱きつく息子を眺めながらそう言った。
視線が忙しく宙を漂い、額には汗を掻き、利き手を何度も開閉させながら必死に何かを探している男の姿を真正面から見つめながら隠れて笑い、小さく咳をする。
「、笑いを誤魔化すな」
「すまん。スネイプがそこまで真剣に考える姿が思っていたよりも滑稽で」
「素直であればいいというものではないぞ……」
怒るよりも呆れるように言ったセブルスに、一人話に着いていけないジュニアが相変らずの体勢のままで首を傾げた。
見上げてくる視線と完全に自分の視線がかち合って、互いにしばらくの間硬直する。その様子を無言で観察しながら、恐らく先に目を逸らした方が負けなのだろうと、傍観者は勝手に納得した。
「……セヴィ?」
「な、なんだ……」
「行って来ますは?」
「は? え、ぁ…いっ、……行って、来る……」
「いってらっしゃい」
やっとの事で望まれていた返答をすると、服にしがみ付いていた小さな子供はにこりと笑って手の平を広げる。
不自然に皺の着いた服と、そこから離れて父親の傍に寄る子供を交互に眺めながら、どういったリアクションをすればいいのか悩んでいるセブルスには静かに笑った。
「スネイプ」
「何だ」
「……いや、何でもない。またな」
おとなしくなった少年を抱えて別れの挨拶をすると、セブルスは少しの間だけ奇妙な顔をして、そのまま姿をくらまして消えてしまった。
ガランとしてしまった部屋の中で、すこし寂しそうな表情をしている子供には困った顔をしながら笑いかけ、お茶にでもしようかと言う。
途端に表情を明るくしたジュニアは、お茶菓子を選んでくると言って父親の傍を離れ、部屋のドアノブに手を掛けた。
「ねえ、パパ。ジュニアはセヴィとまた会えるよね? 約束したもんね?」
扉が閉まる音に重なるように問いかけられた言葉に、はどこからともなく取り出した煙草を憂いを帯びた表情で眺めながら、自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「そうだな……約束、したもんな」