梟たちの手紙
彼は小さな手の中に丸いフワフワした毛球を持って、ハリーの名前を呼びながらペンギンのように駆けてきた。数秒後、その家から少年の叫び声が上がった。
「ジュニア駄目だよ! それ離してっ!」
「はなすっ?」
「握り締めないの! 死んじゃうから離して上げて!」
黒髪の少年、家主と同じ名前を授かったという名の幼い男の子にハリーはひたすら叫ぶしかない。
その手に握られていたのは、モコモコした豆フクロウ。確かシリウスがハリーの友人のロナルド・ウィーズリーにプレゼントしたもの……のはずだ。
よく見ると手紙をきちんとくわえて今にも気絶しそうな鳴き声を上げている。
「んー?」
「考えないでっ! 離すの、わかる?!」
「何を騒いでいるんだ?」
今にも泣きそうになっているハリーの後から現れたのは幼い子供に自分の名前を授けた、火の点いていない煙草を銜えた黒髪の青年だった。
彼の腕には白フクロウのヘドウィグが満足げに羽を休めていて、自分の主人の姿を確認するとそちらの肩へと移る為に羽を広げる。
「助けてあげて!」
「パパー、パパっ。見て見てッ、ジュニアつかまえたのっ!」
偉いでしょ、とても言いたげにほにゃんとした笑みを浮かべながらの方へと駆けていくジュニアの後姿が、なぜかハリーには残酷に見えた。
それは、彼が大人へと近付いている証拠なのかもしれない。
「あー……ジュニア、その手に持ってるのはもしかしなくてもフクロウだな?」
「ふくろー!」
「あのな、ジュニア。フクロウは人形じゃなくて生き物なんだ。ヘドウィグと一緒なんだ、ぎゅっとしたらかわいそうだろう?」
銜えていたものを何処かへ消しながら、冷静に、しかし冷や汗のようなものを流して、は目線を合わせながらジュニアに微笑みかける。
しばらくすると、ようやく言葉の意味を理解したのか少年の手から豆フクロウは解放され三人の頭の上をホッホッと短く鳴きながら飛び回った。ヘドウィグはその騒がしい様子が気に入らないのか静かにしろとでも言うように嘴をカチカチと数回鳴らす。
「ごめんね?」
頭上を飛び回るフクロウに頭を下げたジュニアは、そう言うとの部屋の方にまた走っていってしまった。きっとから譲り受けたお気に入りのヌイグルミを取りに入ったのだろう。
危ないぞ、と注意するの言葉を受けながらも走るジュニアを眺めながら、ハリーは何時まで経っても大人しくなりそうにないフクロウをすっと掴んでくくり付けられていた手紙を外す。
「友達からか?」
「うん、親友から!」
「そうか」
微笑してハリーの頭を撫でると、ハリーも少し照れながら笑い返す。
その姿は、父親と息子というよりも母親に近い、などと言ったこの家の人間は拳のみでの撲殺一歩手前まで何度も逝ったことがあった。
「ロナルド・ウィーズリーって言って、シリウスとリーマスはもう会った事があるよ」
「ああ、ウィーズリー家の……」
「も知ってるの?」
「会った事がないのはその子と、末妹だけだ……それにブラックは。いや、なんでもない」
再び部屋の方から危なっかしく走ってくるジュニアに注意をして、豆フクロウに餌と水を与える為に先にリビングへと降りていってしまう。
それに続くように、抱き締めきれていない変な生物のヌイグルミを抱えたジュニアがぱたぱたと走っていく。
手紙を広げたハリーはゆっくりと歩きながらその内容に目を通していった。
全てを読み終わった後急いでリビングまで走っていくと、そこには豆フクロウ以外に見慣れた皺くちゃのフクロウがの手当てを受けている。
「エロール! どうしてここに?!」
「モリーがに寄越したんだよ」
ハリーの分のお茶を注ぎながらリーマスが微笑む、セブルスはジュニアに遊ばれていて、シリウスがそれを面白がり、が呆れている、いつもの光景。
「じゃあ……」
「ワールドカップ、行ってくるといいよ」
白磁のカップを渡しながらリーマスが笑った。
「しかしハリー一人で大丈夫か?」
「あのねシリウス、隠れ穴にはここから行けるし、それから学校行くまではウィーズリー家でずっとアーサーとモリーがハリーの世話をしてくれるんだよ? 親馬鹿っていうか名付け親馬鹿もここまで行くと正直すこぶるウザイ上に自分が指名手配受けてる脱獄犯だって自覚して」
その笑っていた瞳をに何か黒いものを漂わせ微かに怯えるセブルスとジュニアを確認したに睨まれると、リーマスはゴメンゴメンと両手を上げて言う。
「それにワールドカップは四年に一回、次に来る時はハリーは社会人になっているかもしれないし、何よりハリーだって行きたいよね?」
「うん。でも……」
チラ、との方を見たハリーにエロールを撫でてやりながら男が笑う。
「おれの方は問題ないが?」
「、違うよ。そうじゃなくてハリーは別れるのが惜しいんだよ」
「……そうなのか?」
小首を傾げるの真似をしてジュニアもヌイグルミを抱えたままセブルスの膝の上でかくんと首を傾げて見せる。
その姿はかなり愛らしいが、今ならセットで付いてくる魔法薬学の教授はとりあえず視界に入れないようにしておく。
「何ていうか、いままで散々世話になっておいていきなり行くなんて……」
「ハリー、そんなこと気にするな。それに、こんな所で夏休みを過ごすよりも友人と一緒にいた方がハリーにとってもいいだろう」
「……うん、ありがと。じゃあぼく用意してくる!」
紅茶を飲み干したハリーは明るく笑ってリビングを飛び出して行った。
その元気な姿を眺めながら大人たちはそれぞれの笑いを浮かべ、その中で長い黒髪の青年だけが少しだけ不安を織り交ぜながらほしく長い指を組み合わせて小さく呟く。
「どうか、何事も起こらぬよう……」