曖昧トルマリン

graytourmaline

家族の増える日

 短針が11を指した。
 が帰ってくるのか、正直言って四人が四人とも不安ではあった。特に、シリウスなどはが何も言わずに(ハリーには言ったのだが)出て行った事が不安で仕方ないらしく、1分ごとに時計を見ては小さく溜め息をついていた。
「シリウス、鬱陶しいからやめてよ」
 などと注意した苛々しているリーマスを完全無視したおかげで、現在彼は夢の中で時を過ごしている。
「不安なのはわかるけどね、あんな事もあったばかりだし。でも、って本家の人たちとは仲悪いはずなんだけど、何の用だったんだろう」
「え、そうなの?」
「詳しいことを話してくれた事はないけどね、かなり険悪らしいよ」
 そう言って紅茶を一口啜ったリーマスはセブルスの方を横目で眺めて、少し黒い笑いを浮かべた。
の家庭事情だったらぼくよりもセブルスの方が詳しいだろう?」
「了承もなくプライバシーを侵害する権利は我が輩にはない」
 苦々しげにそう言い放つセブルスにハリーは少し意外そうな顔をした。それを見て、囁くように鳶色の髪をした青年が苦笑する。
 ハリーから見れば、セブルスなんかよりもシリウスの方がよっぽどの事に関して情報通に見えるから、らしい。
「まあ、シリウスにも色々あるんだよ。と同じようにね」
「……?」
「……」
 相変わらず含みのある言い方をするリーマスに二人はそれぞれの表情で返す。
 しばらくして、シリウスがむくりと起き上がり少し間抜けな顔で辺りを見渡すと、何か言いたげにジト目で親友を見上げた。
はまだ帰ってないよ?」
「……どれくらい寝ていた?」
「30分くらいかな、そろそろ帰って来てくれてもいいのにね。
 それでもまだシリウスは何か言いたそうだったが、ハリーにお茶を渡され少し落ち着いたのかソファの上でぼんやりと時計を眺めている。
 本当に突然だった、階上で物凄い音がしたかと思うとなにやら幼い子供の笑い声が聞こえてきた。四人は一度顔を見合わせると、リビングから駆け出して音のした部屋を探し始める。声が聞こえてきたのは、一番奥の部屋だった。
「パパすごい! もっと、あそぶッ」
 聞き覚えのない声。しかし、その声が呼んでいるのは、待ちわびていた人の名前。
「パパ一緒! ジュニアと、一緒にっ!」
 ハリーを除いた大人たちは、その声に少々不安になっていた。
 特にシリウスの顔は……信じられないという表情をしている上に、青い。ついでにリーマスの笑みはいつもの五割増しで、黒い。
「一緒! ジュニア一緒っ!」
「ジュニア……とりあえず上から退いてくれないか?」
 その瞬間、蝶番が外れるかと思う程の大きな音と勢いで、まずシリウスが飛び込んでいった。次にリーマスが、遅れてハリーが部屋の中に入り、セブルスが部屋の明かりをつける。
 そして目の前には、修羅場があった。
「いつの間に子供なんて作ったんだ?! 寝たのか?! 日本にいる間に男と寝たのかっ?!! 嘘だ! 嘘だと言ってくれッ!!」
「嘘だよね? この子がの子だなんて嘘だよね? っていうか父親は誰? ぼくたちに断りもなくいつの間に子供なんて作ったのさ……」
 生物学的に不可能なことを平然と口にしているこの二人を見て、ハリーは怖いと思った。
 セブルスもさすがに変態二人の反応に絶句していて、はその子供を抱えながら欝陶しそうに眉をしかめている。
「いつの間におれは女になったんだ、この大馬鹿者共」
「10年以上も離れていればもしかしたら女になっているかもしれないじゃないかっ!」
「阿呆!」
 小さな子供を抱えながらやかましい二人組を静めたに、今度はハリーとセブルスが頭を痛そうにする。
 そしてこんな人間を後見人にしてよかったのだろうか、と考えてしまったハリーもいた。シリウスが悲しむので、この事は黙っておこうと思ってはいるが。
「まったく……」
 相変わらず無邪気に笑い転げている「ジュニア」と呼ばれている少年を抱き上げたは二人に向かって「今帰った」と場違いな程冷静に言った。
「ええと、お帰りなさい。ところで、その子は?」
「まさかと思うがお前の子ではないだろうな」
「いや、そう言う訳でもない」
 その時、ハリーは心からシリウスとリーマスが気絶してくれていてよかったと痛感した。
 セブルスはというと納得したように、呆れた溜め息をつく。
「養子か? 引き取ったのか」
「ああ、まあそんなところだ」
 の腕の中から抜け出してハリーの元へと駆けていくジュニアを目で追いながらそう返事をした。
 それ以上は二人とも何も言わず、かわりにジュニアに懐かれてどう返せばいいのか困っていたハリーがに助けを求めてくる。
「パパ! パーパッ!」
「ジュニア、ハリーが困っている」
「う? ハリ?」
 くにゃんと首を傾げたジュニアはハリーを見上げた。何となくその仕草が可愛らしくなって、目線を合わせるようにして屈むとゆっくりと唇を動かし始める。
「ハリじゃなくて、ハ・リ・イ。ハリー・ポッターだよ」
「ハ、リィ? ハリィ!」
 キャッキャとはしゃぐジュニアを見下ろしたセブルスは、いいのかとでも言うような表情でを見たが、彼は微笑むだけだった。
「……ところでなんでこんなに遅くなったんだ?」
「本家にはそんなにいなかったんだが、その後ついでにジュニアの服を取りに家に戻って……あまりにも納戸が汚れていて、それで掃除もしてしまってな」
「まったく」
「汚いまま放って置くよりよっぽどいいだろう。大体屋敷はおれ一人のものではないし」
「別に構わん、大体騒がしかったのはブラックだけだ」
「……奴にもそろそろ本格的な躾が必要か。ドイツ式で、犬用の」
 それなら手伝ってやる、と冗談を言いかけてセブルスは口をつぐんだ。
 右手で煙草を弄ぶ目の前の青年の瞳は、どうみても本気だった。
「パパー! パパーッ!」
 何か嬉しい事でもあったのか、抱き上げたの胸を叩いて小さな指で次々にそこにいる人間達を指していく。
、ハリィ、セヴィ、んー? ……パッディレミィ!」
「セッ……ポッター! 一体何を教えた?!」
「なにってフルネーム教えたらジュニアが勝手にそう言ったんです」
 「可愛いよね」と笑顔で言い放ったハリーに、何とも言えない表情をするセブルス。そして諦めるように肩を軽く叩くは、一つ咳払いをしながらジュニアの小さな頬をくすぐった。
「ジュニア、なんでこの人たちは呼び方が違うんだ?」
「ちがう?」
「うーん、何だかジュニア。何度教えてもこう言うから……」
「……まあ、いいか」
 いいのか、というセブルスの心のツッコミを流し、は顔を綻ばせて、ハリーに説明をしだす。
「確証はないが一度それを覚えるとなんらかの転機が訪れない限りそう呼び続けると思うが。ルーピンはともかく、ブラックはしばらく表に出る事はないから問題はないか」
 意外にアバウトな精神を見せたは、腕の中が自分の居場所と思っているのか、何を言っても離れようとしないジュニアに困った笑みを浮かべながら入浴の支度をしに部屋を出て行った。
 ハリーもそれに続き、セブルスは微妙に意識のないシリウスに向かってほくそ笑みながら部屋のドアを閉め、そして部屋の中には二体の男が取り残されたままだったりする。
「これから騒がしくなりそうだな」
「今だって十分騒がしいからいいんじゃない?」
「……そう、だな」
 クスクスと笑いあう二人にセブルスは意外な顔をしてを見ながら、まあいいかとでも言うようにのんびりと階段を下り始める。
 男ばかりの大きな家に、また一人、少年の家族が増えた日だった。