電閃
強くなってきた風がの長い髪を舞い上がらせ、窓ガラスが何かを告げるようにガタガタと揺れていた。
「……リドル?」
確かな存在が、目の前で消えてしまった事に呆然とし、名前を呼んでみる。けれど、返事はない。
自分が世界に留まる為の唯一の存在が消失して恐慌状態に陥りそうになる脳を辛うじて抑え、心臓の上で拳を握る。
震える指先を数度開閉させると、体の中に確かなあの頃の、魔法を扱う力を持っていた頃の感覚が戻って来ている事が判った。リドルの体を構成していた自分の魔力が確かに戻ってきている。理由など分からない、けれど今まで感じなかった何かを感じる事が出来た。
なにもかもが敏感になり、青い消えそうな炎のような存在や、死の側に立つ者の慟哭、そしてそこら中に乱立する人型の気配が至る所に見え聞こえ感じる。そしてそれを制御する術も、は知っていた。すべての感覚が戻ってくる。
黒い瞳がすっと細められた。欲していた気配は魔法使いの入っていった奥の方から感じる。恐らくリドルの新しい体、ユニコーンの血と蛇の毒で作られた肉体が存在する部屋なのだろう。
狼狽している暇があれば一秒でも早く動くべきだと自分自身に言い聞かせ、扉を開き廊下に出る。いつもより屋敷が暗く感じられて、大きな窓から空を見上げると雲の上の方で濁った光が見えた。
奥の部屋の扉から光が漏れている。空を奔っている眩しい光ではなく、暖炉に燃える強弱を付けられたオレンジの炎で、そこから小さな影が飛び出してきた。
「……鼠?」
何処にでも居るドブネズミが屋敷の内側に発生した闇に溶け、姿を晦ませる。探ると、ナギニの気配もこの近辺から遠ざかっていた。
屋敷を照らす明かりは外部からの力を受けて少しずつ小さくなっている。じきにすべての光は消えてしまうのだろうか、暗闇が恐いわけでもないのに不安になった。
『! 何処に居るんだ、!』
「リドル!?」
部屋の中から聞こえた声に慌ててドアを開けると、他の霊とほとんど変わらない姿で、紅色の目をした青年が顔を覆って叫んでいた。
傍らには不気味な蝋人形のような姿をした、赤子のような生き物が眠っている。それがリドルの新しい体だと理解したは、その肉体を抱えて宙を彷徨う青年に叫びかけた。だというのに、青年は、リドルは狂ったようにの名前を呼ぶだけで、決して本人を見ようとしない。
『、何処だ。何処に居るんだ……! 出てきてくれ、傍に居てくれ!』
「リドル! 聞こえないの!?」
『お前しか居ないんだ! 私にはしか! 頼む、返事をしてくれ!』
「……リドルだけを隔離したのか!?」
傍に居るを通り抜け亡霊のように彷徨い続けるリドルの姿から目を逸らし、屋敷全体の気配を探ると強力な術がかかっている事を知る。
判っただけでもリドルの存在を隔離させた魔法と空間移動系、しかも内部から外部への移動に強力な制限をかけた術が恒常的に働いていた。フルーパウダー、姿晦まし、ポートキー、箒、絨毯、そして徒歩まで塞がれた状態と判明すると、は己の無力さに唇を噛む。
位置探査系の魔法に一切手を加える事無く、術が発動する段階まで一切気付かなかった事から相手は高度な技術を要する魔法使い。力の種類、術の組み立て方は何処かで見た事がある。けれど、それが一体誰なのかが思い出せない。
白い稲妻が雲と雲の間を一瞬で泳ぎ、光溢れた後に闇の訪れた屋敷の中にリドルの叫び声だけが反響する。
腕に抱えた冷たい肉体を抱き締めて、黒い瞳が空を見上げた。鋭い光が枝分かれして、雲の海から巨大な体躯を現しては消している。
四方八方に飛び散る轟音を聞きながら、は抱えてた肉体を隠す為に何重にも魔法を施した。
遠ざかって行くリドルの声。向かった先は、きっとあの塔の最上階にある部屋なのだろう。何度も何度も名を呼びぶ男性の気配に、は泣きそうな顔で微笑みかけた。
涙を袖口で拭ったは、背後に気配を感じてゆっくりと振り返る。恋人への謝罪を紡いだ口から次に出たのは、相手を殺す為の呪文だった。