曖昧トルマリン

graytourmaline

The World

 ナイン・カード・スプレッドとは、名前の通りタロットカードの大アルカナ22枚中9枚のカードを使った占い方だ。
 割とメジャーな12~13枚のカードを使用するサークル・スプレッドは読み解くのにも時間がかかるし、何よりも自身が不得意だったこともあり断念をした。
 何故タロットカードという不慣れな占いをしているのだろうと思われるが、手元にあった道具がこれだけしかなかったのだ。はやや雑念混じりに最良といわれている手順でカードを読んでいた。
、大丈夫か?」
「もう大丈夫だって、リドルは心配しすぎだよ」
「いや、しかし……病み上がりなのだからあまり無理はしない方がいいぞ」
 あのあと、庭で倒れていたを見つけたりドルは……それはもう言葉に言い表せないほどの慌て様だった。
 軽い失神で倒れただけなのに、部屋から外へ出るのは厳禁だと言い出すし、今だってほんの少し自分が席を外してカード片手に戻ってくるとすぐにこの台詞である。
「本当に大丈夫だから、今もリーディングしているだけだし」
 最後のカードを捲りながら、は心配性の目の前の男性を見てクスクスと笑う。
 カード番号21、The Worldが正位置で現れた。
「完成、結末……スタート、どれもしっくり来ないな」
 しばらく沈黙してカードを睨みつけていたにリドルは苦笑しながら手近なイスを引き寄せ、テーブルの上に乗っていた本に手を伸ばした。
 大方は魔術書で、魔方陣や呪い破りなどの防御的なもので中には昨今ではもう手に入りにくいような貴重な本が何冊もある。
「新しいアイディア、目標の完遂……すべての終わりと、新たなる始まり?」
「ッ……」
 のその言葉に、少なからずリドルは反応してしまった。
 ナイン・カード・スプレッドの最終カードは未来を告げるカードであり、それは今後数ヶ月以内に起こる事を意味する。勿論、今のの内には魔力の欠片しかないがその魔力の一欠片がこの占いを導いたものだとしたら、どれはにとっての最良のカードになるかどうか、少なくともリドルにとっては良くないカードのように思える。
「……駄目だ、全然意図が読めてこない。やっぱりカードは合わないよ、リーディングの幅が広すぎて拾えない」
「体調が万全ではなかった事もあるんじゃないか、また時を見て占いなおせばいい」
「そうやって何でも病み上がりの所為にする」
 笑いながらカードを片付け始めるは思い出したようにリドルに向かい直った。
「そう言えば、リドル。お客様来なかった?」
「……なんだって?」
「うん、それが……おれが意識を無くす前に小柄な魔法使いを見たから」
「……」
 答えるか否か、リドルは躊躇った。
 イエスと答えてに会わせられるような人間ではないのだから。かと言って否定して屋敷の中でこの2人が出会ってしまっても困る。
「……もしかして、おれの見間違いだったかな。貧血になると視界も狂うし」
「そう、かもしれないな」
 リドルがどう答えようか困惑している様子を見て悟ったのか、無難な答えを返すにリドルは適当に相槌を打った。
 リドルのハッキリとしない返答に、この屋敷の中に自分たち以外の人間がいることがにはバレただろう。
 しかし、バレていてもは余計な詮索は一切せずにこの話題を続けようとはしなかった。それが今のリドルにとって最良だと判断したからだろうか。次の話を探すのに少し戸惑っているようだった。
「なんだか、また降り出しそうな天気だね」
「元々こっちの土地は日本とは違って天気がハッキリしない上に雨が多いからな」
 ぽふん、とベッドのクッションに横たわると、ぼうっとした瞳で灰色の空を見上げる。その視線がすぐに下方に修正される。
「……リドル」
「なんだ?」
「あそこにいるのが、リドルが話してくれたナギニって子?」
『ナギニ!アレが終ったら森に居ろと!』
 慌てて蛇語で話し始めるリドルには不思議そうに首を傾げ、身を乗り出すようにして窓の下を覗き込んだ。
 大きな蛇がとぐろを巻いて、主人とその片割れをじっと見つめている。声が届いていないのだろうか。
『ナギニ!』
「ナギニも家に入りたいんじゃないのかな」
「いや……しかし」
「おれは構わないよ、動物好きだし。あ……でも、ハウスエルフが恐がるか」
 じっとナギニと視線を合わせたままは動かない、そしてナギニは大きな鎌首を持ち上げてなにごとかを主人と話しているようだった。
 非常に気に食わなそうに巨大な蛇を見下ろしていたリドルだったが、溜め息を盛大に吐きだすと蛇語で何か指示を与え、ベッドの上のの頭を優しく撫でる。
「私も用があるから、夕方まで地下室に籠らねばならない。あれは大人しい蛇だ、気晴らしにしばらく構っているといいだろう……ただし、私の用が終えるまで地下には入らないで欲しい。差し入れもしなくていい、それに書庫も駄目だ。いや、ここかリビングの2択にしろ」
「じゃあ、リビングにするよ。何をするのかわからないけど、怪我しないように気をつけて」
 が左頬にキスをして部屋のドアを開ける。
「……じゃあ、後でねリドル」
「ああ」
 短く一言で答えると、リドルは静かに部屋を出ていった。