曖昧トルマリン

graytourmaline

Stand by me

 小鳥の囀る音と共に弱い光が瞼の上に差し込んだ。どうやら、もう朝らしいと脳が認識すると体を動かせと信号を送って来る。
 その指示に素直に従うと、いつもと違う部屋が視界に広がっていた。
 窓から見える風景はいつもより低く、見上げた先の空には夕べの雨がまだ残る雲が行く宛もなく流れていた。ゆっくりと深呼吸したは目を擦りまだぼんやりとした頭でベッドに腰掛けるリドルの姿を見上げる。
「済まない、起こしてしまったか」
「……今、何時?」
「9時だよ」
 柔らかく髪を撫でてくるリドルの手が心地好くて再び眠ってしまいそうな衝動に駆られただが、その言葉を聞いて慌ただしく起き上がり大声を上げる。
「仕事! 早く手紙を確認……」
 そこまで言って、急に動きを止めたにリドルは何でもない様子を装いどうしたと尋ねてみる。
「夢の続きでも見ていたか?」
「え。あ……ごめん、よく判らないんだけど、え? だって、封書が。あれ?」
「もしかして、昨夜やりすぎてしまったか」
「昨夜?」
 はぐらかすように意地悪く笑ったリドルの発言に、は一瞬変わり栄えしない空を見上げ、そのすぐ後に耳まで真っ赤に染め上げて自分が今どんな状況なのか確認しだした。
 暗い色が基調とされた、リドルの部屋。体を動かそうとすると鈍い痛みが走る腰に、体中に残る赤い花の跡。おまけに全裸。
「思い出せたか?」
 白い肌がどんどん赤みを増していくのを観察しながら、リドルはベッドの中で一糸纏わぬ姿でいるに自分のシャツを渡してやった。
 大きめのその白いシャツに腕を通す仕草が色っぽいと、幸せで、またどうでもよい思考が生まれるが気に留めないことにする。
「思い出させないで!」
「なんだ、恥ずかしいのか?」
「だ、だって……」
 昨夜目の前の男に演じた痴態を思い出して、思わず涙目になってしまった。
 その様子を見て、少しからかい過ぎたかなとリドルは思ったが、自分を見上げる瞳に気付き優しく髪を撫でてみる。
「怒ったか?」
「……怒ってはないけど」
 ベッドの上で膝を抱えるにリドルは笑みを零し、細い身体を腕の中に迎え入れる。
「けど?」
「……ッ!」
 リドルの胸に顔を埋め表情を隠すと、更に強く、優しく抱擁された。
 先までゆっくりと髪を梳かれ暖かい吐息が掻きあげられた耳元をくすぐると、敏感なのかの肩が微かに反応している。
「細いな……」
「リドル?」
「力を入れたら、折れてしまいそうだ」
「……あれ?」
 俯いていたが顔を上げ、背中に回される腕に戸惑いながら不安そうに目を配らせた。
「どうした」
「なんだか、その台詞。昔言われて……でもリドルじゃなかったような」
「ならば、同級生の誰かだな。お前は昔から細かったから」
「でもその頃から筋肉は付いてたよ」
 昔の面影をしっかり残している女性にも見える童顔の、下に繋がっているほっそりとした筋肉質の体を一通り眺めたリドルが、からかうような表情を浮かべて口を開く。
「今と同じで骨と皮の間に筋肉しかなかっただろう?」
「リドルだって……」
「お前程筋肉質ではなかったよ。傷だらけではあったけれど」
 言うと、の手が均整の取れた体に触れ、遠慮がちな仕種で色の変化した部分をなぞった。不安げな黒い瞳がリドルを見上げた。
「傷……また増えた」
「流石に、無傷というわけにもいかないからな。最初に旅行した時の事、覚えているか?」
「背中の傷のこと? あれ見て、おれ本当に心配したんだよ」
「それはこっちの台詞だ」
 心臓に悪かったと愚痴を零しながら、背中と両脚を支えてシーツごとを抱き上げる。今でこそ真っ白な美しい体をしているが、当時はそれは酷かったものだ。
 その日を思い出すと未だに胸が締め付けられる。約束を破った事を謝罪するように、額にもう一度キスをして唇を舐める。
「まだ疲れているだろう。部屋には連れて行ってあげるから、もう少しお休み」
「……うん」
 愛しい人のの両腕に抱かれ安心して力が抜けたのか、は魔法のように囁かれた言葉に従って瞳をゆるく閉じ始めた。
 やがて規則的な寝息が聞こえ始めた体を抱き締めて、リドルは自分の部屋を出る。その胸元のシャツを、眠りの淵に落ちた意識のない指が縋るように掴んでいた。