メモリーカード
離れとして建てられた塔の最上階の部屋で眠るの傍で、リドルは自らの手を月明かりに透かしてみた。昨日までは向こうの景色が見えていたその手は、今や普通の人間、普通の肉体と何等代わりがないまで力を回復させている。
しかしその回復の代償としての力はほとんど消え失せていた。仮の肉体さえ手に入れば力はどうにでもなると言い聞かせたのに、自分には必要ないし、肉体を持つ自分は魔法を扱う力が無くなっても死にはしないからと結局押し負けてしまった。
何年経ってもには強く出れない自分に苦笑すると、ベッドの中から呻き声が聞こえる。 「……リド、ル?」
「、起こしてしまったか」
「違うよ、勝手に起きただけ。おれ、着いてからどの位寝てた?」
「3時間という所だ。心配しなくても当分はここに住まうつもりだから、ちゃんと寝ていなさい」
「……リドルが一緒に寝てくれたら」
悪戯っぽく言われ、リドルは前のめりに倒れそうになるが何とか踏み止まり、額を押さえながらベッドから頭だけ出している青年に問いかける。
「、今幾つか言ってみなさい」
「三十……何歳だっけ。あれ?」
「では、ワーロック法が施行されたのは?」
「1709年」
「1965年にスキャマンダーが成立させた法律は?」
「実験的飼育禁止令。年齢がぱっと出てこないからって、そんな低学年の問題出さないでよ」
「せめて年齢位は即答出来るようにしていなさい。そうでなくてもただでさえは顔も口調も10代に見えるのだし」
10代と言われ心外だという顔をしているの頭を撫でながら謝罪すると、前も同じこと言ったと拗ねた様子でベッドに潜り込んでしまった。
前、というのは、恐らく同居していた男達の誰かの事なのだろう。
眠れば記憶が戻るかと思ったが、そんな奇跡は起こらなかった。相変わらずは壊れたままだったが、このままでもいいのではないかとリドルは考え始めていた。
今まで散々記憶を改竄されていたのに、急に現実を突きつけて受け入れろと強要するのも酷い話だ。三十年以上も築いてきた全てを崩されて正気でいれる程強い人間でない事は知っていたし、何よりも今の方が幸せそうに見えた。
「悪かった、言い過ぎたな」
「……リドルが優しい」
「私はお前には何時だって優しいと思ってるんだが」
「うん、優しい」
白い腕がベッドから抜け出して、リドルの頬を撫でる。それに安心したのか、は幼い頃と変わらない笑みを浮かべて大人しく眠り始めた。
この笑みを、穏やかな寝顔を、二度と壊したくない、リドルの結論はそれだった。
「……待っててくれて、ありがとう」
ほんの少しの間だという約束は、結局嘘になってしまった。腕も傷付けてしまった。置いていってしまった。けれど、それでもは待っていた。記憶を無くした状態で対峙しても杖を取らないくらいに己を欲し続けてくれていた。
愛し続けてくれている。裏切らないでいてくれる。例え己を壊しても、リドルという存在だけは確かに認識し続けてくれている。
「、今度こそ、お前と、お前の世界は私が守るから。だからゆっくりとおやすみ」
もう二度と離すものかと、そう誓った口付けは眠りについていたの奥底に静かに落ちていった。