デリカテッセン
公園の花壇の花が変わったとか、街角の雑貨屋が仔猫を飼い始めたとか、こじんまりとしたフレンチレストランの季節のメニューが変わっただとか、パン屋のジンジャーケーキが美味しいらしいとか、そういう情報を仕入れては居候全員を連れて出掛けたがった。
そも、は決してアクティブな人間ではない。昔の彼ならば絶対にしなかったような事、つまり柄にもない事を続けているのかと尋ねた事がある。すると彼は質問してきた相手とハリーを指して、引篭もりたいならそうさせてやると、いつもの口調で答えた。
なんて事はない、彼は指名手配中の男とその名付け子を気遣って、ちょっとでも昨日と違う変化を見せた場所に赴いていたのだ。木の実が色付いてきたとか、店の看板が綺麗になっていたとか、そんな些細な変化でも家の中で燻るよりは余程マシだろうと。
それからというもの、シリウスはの行動の一つ一つを以前に比べてらしくないと思わなくなった。
今日は最近出来たという評判のデリへ行って、サンドイッチやグラタンを買い裏庭で昼食を取るという計画なのか思いつきなのかを行っている。
シリウスは犬の姿で小さな扉の前で大人しく座り、はたり、はたりと尾を揺らしながらちらちらと店の中を何度か眺める。
ハリーとリーマスは数あるサンドイッチを真剣に吟味していて、特にエメラルドの瞳はキラキラと輝いているように見えた。出掛ける前には選ぶ楽しみが云々言っていたので目的は成功したに違いない。
その隣で二人の様子を観察していた当人はというと、何かに気付いたように視線を逸らすと目に付いたらしいローストビーフの塊を見て何やら思案していた。確かこの店は肉料理、特にローストビーフが評判だと言っていたから気になったのだろうと、シリウスは一人納得する。
やがて結論が出たのか、はリーマスやハリーと少し会話をすると店を出てシリウスのリードを取り、まだ時間がかかるから近くを回ろうかと提案してきた。
しかしシリウスはハリーの傍に居ると首を横に振り、鼻先でふくらはぎを突く。こんな暑い外に出ていないで空調の効いた店内に居て欲しいという願いからだったが、はそれを断りウィンドウ越しに飾られたケーキやタルトをじっと見つめた。
洋ナシ、リンゴ、アーモンド、レモン、チーズと様々な種類のケーキを眺め、最後にバウムクーヘンを物欲しそうに凝視する。
「専用のオーブンが必要なんだよな」
買いたいとか食べたいではなく、カロリーが気になるでもなく、真っ先に浮かんだ感想は作りたいなのか。相変わらずらしい感想にシリウスは噴き出し、変な音の咳をする。
おれが買ってやろうかと冗談を言おうとして、今は犬の姿だったと思い出す。引っ込みそうになった笑いを無理に続けようとすると、それまで木の年輪のようなケーキを眺めていた黒い瞳がシリウスに移った。
「……オーブンは要らんぞ」
置き場所もないのに勝手に買ったら殺す、いつも通りの物騒な言葉が酷く優しい口調で紡がれ、白く綺麗な手が黒い毛並みを撫でる。
正反対の言動をした男の指に鼻を摺り寄せ、申し訳なさそうに鼻を鳴らすと胸を締め付けられるほど穏やかな吐息と一緒に、貴様は馬鹿だなと呟かれた。