地下鉄
家の主から地下鉄の乗り方が判らないから一緒に出掛けて欲しいと頼み込まれ二つ返事で了承したのがつい数時間前の事。公道で車を運転していた事から考えて、マグルの生活に不慣れな魔法使いを案内する訳でもないので、ハリーも特に何に気をつけることもなくホームに辿りつくと、既に少し疲れたような顔をしているに笑いかけた。
「少し意外、てっきり地下鉄にも乗った事あるんだと思ってた」
「田舎の出だから地下鉄を利用するのは初めてなんだ、バスと電車くらいなら判るんだが……しかし、こうして見ると地下にあるだけで他は電車と同じなのか」
「じゃあ飛行機は?」
「それがないとイギリスまで……ああ、そうかハリーはおれが日本人だと知らなかったか。実家は日本にあるから、何度か利用したことがある」
「変わった雰囲気の人だな思ってたけど、やっぱりイギリスの人間じゃないんだ」
「母親が一応イギリス人なんだ、父が日本人」
やってきた電車に乗り込み、運良くかなり席が空いている事に気付くと二人は仲良く並んで座る。前に座る老紳士が目を細めてお姉さんとお出かけかなと礼儀正しく尋ねて来たので、ハリーはぎょっとして首を横に振った。どこをどう見ればと姉弟に見えるのか問い質したくなったが、平和的に移動時間を過ごす為に叔父と甥だと嘘を吐く。
すると老紳士は眼を見開き、シリウスやリーマスから十代で通じると嫌なお墨付きを戴いた容姿の男性を凝視した。しかし、やがて何かを納得したように頷いて、よい一日をと言って電車を降りてしまった。
「……歳の近い叔父甥って思われたよね」
「これだから女顔と童顔が合わさると嫌なんだ。エイジングしようと髭でも生やそうかと思っても止められるし」
「に髭は似合わないと思うよ」
「日本に居る家の者にもそう言われた」
がたん、と大きく揺れて再び走り出した電車の中で、ちらとを盗み見る。髪の色以外は何処も似ていないのに、何故そう思われたのだろうかと首を傾げていると、その視線に気付いた夜を映し込んだ水晶の瞳がふわりと緩められた。
彼の優しげなこの表情がそう判断させたのだろうか。充分に有り得る可能性だったが、確かめる機会は余程の偶然が重ならない限り存在しないので、この話題はここで終わりだと自分に言い聞かせる。第一、彼は童顔と女顔をかなり気にしている節があるのだし話題にしないに越した事はない。
「そう言えば、なんで急に地下鉄に?」
ごく自然に話の軸を逸らせたハリーの思惑に気付いているのかいないのか、相変わらず目の奥でだけ穏やかな表情をしているが暇を潰せる物を買いにと呟く。
「暇潰し?」
「パッドフットのな、散歩と読書とボードゲームだけだと気も滅入るだろう。それとチョコレートの仕入れ、あとはサイズの合う服の調達」
「それ、ちゃんと言ってあげたら凄く喜ぶと思うのにな」
「ハリーは中年男達が暑苦しく抱き合って、名付けの親ともう一人が殴られて宙を舞うのがそんなに見たいのか?」
「そういう訳じゃないんだけど」
居候たちの行動パターンを把握し、その後の自分の行動を言った男に困ったような表情を返して、せめてもうちょっと穏便にと妥協案を求めてみた。
「妥協したから、こうなった」
「そうじゃなくて、ほら、ちょっと小突く程度にするとk」
「無理だ」
「言い終わる前に即答した!」
「小突く程度ではあいつ等は静かにならん」
「……それは、そうなんだけど」
何せ車で轢き殺すと脅しても屈しなかった馬鹿二人だ。既にの中では静かにさせるというのは、イコール気絶を意味している。恐らくだけれど、二十年程前から。
甘やかす方向が間違っているというか、そういう変な気の使い方がらしいというか、短い間ながらも男の性格を把握しつつあるハリーは困ればいいのか笑えばいいのか悩んだ。
「ああ、此処で降りる」
「本当だ」
タイミング良くゆっくりと開いた扉からホームへ降りて、地上へと続く階段を並んで昇る途中で、が足を止めて一枚の看板を数秒の間凝視する。どうしたのだとうかとハリーが覗き込んで見ると、看板には子供服の広告が貼り付けてあった。
「ハリーはこういう格好も似合うかもしれないな」
「え、僕は」
「言っただろう。サイズの合う服を買うと」
「あれ僕の事なの?」
「全員サイズが合っていないのだから、三人ともに決まっているだろう」
何を今更と言った表情で首を傾げ、屋敷内で唯一のなで肩を竦ませてハリーの手を取る。
大き過ぎる服や、肩幅が狭い服ばかり着せるつもりは毛頭ないと言い切ったは、抗議の言葉を遮り地上の光目指して歩き始めた。