曖昧トルマリン

graytourmaline

パステルエナメル

 リーマスは馬車からゆっくりと降り、トランクを抱えて駅のホームに佇む人影に歩み寄った。
「あれ、? どうしてここに?」
「首を切られたと聞いて」
「君は相変わらず容赦ない言い方するよね」
 困ったように柔らかく笑う鳶色の髪をした男には事実だろうと空気の読めない言い方をして、咥えていた煙草を指の上で消す。
「君が保護してる大型犬とヒッポグリフは?」
「餌をたらふく食わせて綺麗にしてやったら、前より大分マシになった。ヒッポグリフは小さくして、裏の林で野生化しつつあるな」
「野生化……相変わらずらしいね」
 駅のベンチに座ったの隣に立って、青い空を見上げる。
「それで、話を戻すけどはこんな所までなにしに?」
「お前を迎えに」
「……?」
 さらっと放たれた言葉にリーマスは呆気に取られしばらくの顔を見ていたが、はというと、さも当然の事を言ったような顔をしていて全く悪気はない。
、私には一応帰るべき家があるんだけど」
「どうせ帰っても誰もいない家だろう」
「本当君って容赦ないよね、昔から」
 事実なんだけどね、と笑うリーマスには「別に」と言葉を付け加える。
「一人の方がいいのならおれは構わないが」
「……いいって訳じゃないんだけどね」
 参ったように枯れた声で笑う目の前の男の言葉に曖昧な微笑も浮かべず、無人のホームに視線を向けたまま軽く首の関節を鳴らした。
 相変わらず線路には何も走っていない。
「おれなら……脱狼薬も作れるし、だいたい男二人であの家は広過ぎる」
「……そっか、。今、彼と二人暮らしだったね、うん、そうだったね」
 学生時代の、あの腹黒大魔王と影で称された悪戯仕掛人の笑顔を垣間見て、どうしようもなさそうな表情でがリーマスの横顔を見上げる。
 帰って早々、血を見ることになりかねない事態に、は溜め息を吐く位しか出来ないでいた。間に入って止める? 誰がそんな面倒臭い事。
「でも荷支度とかあるからね、すぐには行けないかも」
「来る前には一報しろ」
「大丈夫、明日の昼には行くから。絶対、うん。絶対にね」
 何やら危険な笑みを浮かべるリーマスだったが、ジト目で自分を見上げているに気付き天使をも騙せそうなそれはもう美しい笑みに張り替えた。
「今更繕うな」
「例えどんなに遅くても努力は怠ってはいけないんだよ」
「その台詞も使用する場面を変えれば、もう少しマシな物になるだろうに」
 残念そうに、というよりも呆れたようにそう言い放つは遠くの方から聞こえてきた汽車の音に、リーマスの顔を見上げる。
「……もうちょっと、と話していたいな」
「次が来るのは2時間も後だぞ」
「じゃあ、あと2時間話そうよ。あの時、まともな会話も出来なかったから」
 言って、ベンチの隣に座った男にどちらでも構わないと言う。断り無く新しい煙草に火をつけて吸い始めると、健康に悪いよと注意される。
 教師みたいだと言うと、教師だったんだよと返された。
「お前も吸ってみるか?」
「チョコレート味なら歓迎するけど、一度興味本位でやって酷い味だった事を覚えてるから遠慮しておくよ。ところで、そうやって彼にも勧めたのかい?」
「煙草より肉をせがまれた。オランジェットなら持ち合わせているが食べるか?」
「……用意がいいのは嬉しいけど、同類項として扱われたくはないなあ」
 が差し出したオレンジピールのチョコレート掛けを受け取り、それを齧りながら紙煙草を弄ぶ白い指先をじっと見つめる。
 どうしたのかと尋ねられ、言葉を返さずにその指先に触れると、人間の体温が伝わってきた。ただそれだけなのに、リーマスは思わず涙しそうになった。