肩越し
ちょっとした実験のつもりでやらかしてみた悪戯はどうにも自分達が想像していた方向とは別の部分で力が働いてしまい、結果、薄暗い森の中で迷子となった。それだけならばまだ何とかなったかもしれないが、残念な事に互いの片脚が人として残念な方向に曲がっている。
コーラとオレンジジュースを混ぜるような感覚で魔法を掛け合わせるものじゃないとどちらかが言うと、全くだ次はコーラとアップルジュース程度にしようと返される。
「ところでジョージ、足が折れている以外に五体は満足か」
「幸いにも首や背中の骨は折れていないようだ、フレッド」
慌てる様子もなく空を見上げると鳥が空高く飛んでいた。これからどうする、ホグワーツまで匍匐前進、片足だけで跳ねていく、そんなやり取りをしながら杖を取り出して、互いの足の応急処置をする。
「二人揃って飛ばされてよかったな」
「一人だったら今頃パニック起こしてるよ」
にっと笑い、腕の力を使って離れていた距離を縮めた。どうにかして見せるさと不敵な表情を見せ合い、互いを支えにして立ち上がる。傍から見れば滑稽な光景だとまたどちらかが言うと、全くだと返された。
がさり、と近くの茂みが音を立て、慌てて杖を構えると細い枝を掻き分けて痩せた猫がひょっこりと現れた。骸骨のような顔付きに灰色の体毛に金色の目、ホグワーツの誰もが宜しくされたくない管理人の飼い猫、ノリスだ。
ノリスは細い尻尾を何度かくねらせて縦に切れた瞳でフレッドとジョージを値踏みするように見上げる。その視線は明らかに二人を馬鹿にしていて、これはおまけだとでも言うように大きな欠伸までして見せた。
猫如きに馬鹿にされた二人は互いの顔を見て頷き合い、持っていた杖を構える。しかし、魔法が発動する前にそのノリスを追って人影が現れた。
人影は茂みの向こうからノリスを呼ぶが、ノリスは長い声で鳴いてこちらへ来いと言っているようだった。相手はフィルチではないが、では一体何者なのだろうと二人は仲良く視線を交わらせる。
「ノリス、其処に居るのか」
また、がさりと茂みを割って現れたのは、双子の知らない人間だった。
黒くて長い髪をしたその人間は何度目になるのかノリスの名を呼んで抱き上げると、白くて細い指先でその顎を擽った。優しい声で労いの言葉をかけて小さな体を解放すると、もう一声甘ったるい声で鳴き、立ち尽くしている双子を鼻で笑ってから何処かに消えていった。
ひょろっこい体が森の中に消えてから、フレッドとジョージは突如現れた人間をまじまじと見つめる。端正な顔立ちをした東洋人は、矢張り二人の記憶に引っかかる事はなかった。
「怪我をしているな」
漆黒の目が二人の折れた足を捉えると、先程までノリスを撫でていた指先で杖を操り瞬時にして折れた骨をくっつけ、痛みを取り除いてしまう。互いを支えあっていた双子は顔を見合わせ、ほんの一瞬だけどうするとアイコンタクトをすると、すぐに大袈裟な素振りで感謝の意を示し始めた。
「礼ならノリスに言ってくれ。彼女が此処まで連れて来てくれたんだ」
ぶっきらぼうな口調で、それでも道化のように振舞う二人がおかしいのか、微かに笑みを含んだような言葉を返されると双子はあからさまに嫌そうな顔をする。
「姫、貴女はミセス・ノリスをご存じない」
「姫、あれは酷い性悪な猫ですぞ」
「ちょっとでも規則を破った生徒を見つければすぐフィルチの元へ」
「我々を見つければすぐフィルチの元へ」
「「そもそも、かくも麗しき姫君をこんな森まで連れて来るなど言語道断!」」
「期待を裏切るようで悪いが、フィルチがノリスを引き取る前はおれが育てていた。そしてもう一つ、おれは男だ。姫と呼ばれる性別ではない」
ミセス・ノリスを悪く言われて腹が立ったのか、それとも自分の性別を間違えられて不機嫌になったのか、男性の声が少しだけ低くなった。
しかしフレッドもジョージもそんな事はお構い無しで、だってノリスは嫌いだとか、だって姫は姫だとか言って主張を譲らない。男はというと軽く肩を竦めるだけで別にどうでもいいといった仕種をすると、二人の少年を軽々と担ぎ上げた。
いきなりの事で目を白黒させる双子に、応急処置に過ぎないから医務室に運ぶと男は告げて、危なげない足取りで森の中を歩き始める。
「驚いたなジョージ、姫は姫で騎士だ」
「いやいや、フレッド。姫は姫で騎士で魔法使いだ」
「なんと贅沢でハイスペックな姫だ」
「うむ、これこそ姫の中の姫だ」
相変わらず芝居がかった仕種で妙に納得している肩の上の少年達は、ふと素の表情に戻って見事なステレオで問いかけた。
「「ねえ、お兄さんの名前は?」」
「。君達はフレッドとジョージだろう、ウィーズリー家の」
「「姫は我等をご存知でいらっしゃる!」」
「驚いて貰って光栄だ。心臓に悪い事ついでに、今回の件をモリーに知らせてやろう」
「「そんな殺生な!」」
変な悲鳴を上げた双子を肩に乗せたままは静かに笑み、冗談だと言って雪を踏みしめた。
「次は見つからないように腕を磨くんだな」
そう告げられたフレッドジョージは、肩の上で顔を見合わせ、やがての笑みが伝染したように笑い「当然!」と声を揃えて言ってのけた。