曖昧トルマリン

graytourmaline

鼻緒

 大輪の華が広がり夏空に儚く消える。か細い音の後に身体の芯までビリビリと来る振動。
「綺麗だね」
「……そうだな」
「後ろの二人がいなければね」
「そうだな」
 浴衣姿のリーマスの言葉に珍しくもすぐに同意する。
 というのも後ろに控えている鹿と犬が花火に負けないくらいうるさい。大声と奇声を上げて口笛を吹くのはやめろと言っても聞かない。
 スネイプはというと既にその二人のことを眼中に捕らえておらず、夜空の一角に咲く華に視線が釘付けになっている。
、あとどれくらいかかる?」
「40分くらい?」
「そっか……ねえ、。ここから抜け出さない?」
 悪戯っぽく笑うリーマスの顔が赤い光に照らされて、の手を握ると三人に気付かれないように立ち上がる。
「来る時に大きな木があったよね、あそこにしよう」
「あっ、おいっ!」
 勝手にそう決めるリーマスには少々困った様子で立ち上がったが、このままここにいても夏の風物詩は楽しめそうもないので今回ばかりは狼の後に付いていくことにした。
 軽い人ごみの中を抜けるとすぐに開けた場所に出る。
 冷たい水の流れる川の縁に腰を下ろす人間がぽつぽつと見えて、ただ静かに花咲く夜空を見上げていた。
「ほら、あそこ」
「ああ。確かに見物するにはいいかもな。警官に見つからなければ」
「ぼくと君が気付かれると思う?」
「まさか」
 光を背中に浴び、二人は一本の低く太い木に足をかける。
 着馴れた服、履き慣れた下駄ではいとも簡単にその気に腰をかけ、異国の服に少し戸惑っているリーマスを片腕で引き上げた。
「キレイだね」
「ああ」
 少しだけ地上を離れた分、空に近づいた気がした。
 小さな花火が、大きな星の後に幾つも咲き始める。
「……」
 二人はただ黙って、明るい空を見上げ咲いてはすぐに散る花を次々と焼き付けていった。
 どれも皆、美しい円を描いて咲き誇り、潔いほどに儚く散っていく姿に目が離せない。
「ねえ、
「ん?」
「綺麗だね」
「ああ、綺麗だ」
 互いの姿など確認せず、ただ夜空に釘付けにさせる視線。
 やんわりと小さな手の平の上に乗せられたリーマスの手に、一瞬だけ驚いたような顔をしただったがすぐに顔を上げて何事もないように心地いい感覚に身を任せていた。
「……」
「……」
 どのくらい経ったのだろう。
 やがてあたりはシンとなり、人々がざわつき始めた。
「終ったね」
「そうだな」
「凄かったね、最後の方の……あの大きな奴」
「三尺玉?」
「そう、それ!」
 まだ心の中に残っている光の華を思い出して、二人は顔を綻ばせた。
「ホグワーツでも出来ないかな?」
「出来るかもしれないが、技術がいるぞ」
「なんで?」
 残念そうに言うリーマスには困ったように暗闇の中で笑った。
「最後のあの花火、元の玉は直径90センチ、重さは300キロあるぞ」
「作る仮定で脳味噌が煮えそうだね」
 すとん、と木の上から飛び降りたリーマスはぼんやりとした明かりに浮かんでいるを見上げて微笑を浮かべる。
「諦めるよ、と一緒に二人きりで見れただけでも満足」
「……そうか」
 そう言うとも木の幹に手をかけて、下駄を引っ掛けて飛び降りようとした。
 固いものがぶつかる音の後に、ブツリと布の切れるような、嫌な音。
「あ」
!」
 一瞬、自身は何が起こったのかわからなかった。
 足を滑らせたのではない、飛び降りる寸前に鼻緒が切れたのを理解したのは身体が地上へ落ちた後で、今はリーマスの腕の中に自分がいる。
「……え?」
「間に合ったね。頭から落ちたらどうしようかと思ったよ」
「ルーピン」
、どこも怪我ないよね?」
 頭の処理が一時的に追いついていないにリーマスは笑いながら抱き起こす。
 カシャンと下駄が砂利の上に落ちて、履物として役に立たなくなったその姿が鼻緒が切れたことを証明していた。
「どこも、ありがとう。助かった」
「どういたしまして」
 その下駄を拾ってに渡す。
「いきなり落ちるんだからビックリしたよ。日本の靴って結構危ないんだね」
 リーマスから下駄を受け取りながらはぶち切れたを眺め仕方なさそうに溜息をついた。
「直りそう?」
「ああ、直るが……こうも暗くては」
 そう言うともう片方の下駄も脱いで裸足で砂利の上を歩き出す。
 の両手に下駄が一足ずつ揺れている姿を見て、リーマスは微かに笑みを浮かべその後に付いていく。
「可愛いね」
「は?」
 声を立てずに笑うリーマスには不思議そうに首を傾げ、慣れているのか顔もしかめずに道を歩いていった。
 前から走ってくる友人たちが見える。
「少しくらい、役得があってもいいよね」
「なんだ?」
「いや、こっちの話」
 不適に笑うリーマスの顔も暗がりの中ではっきり見えないのか、はさほど興味もなさそうにとにかく叫ぶシリウスに鼻緒の切れた下駄で鉄槌を食らわせていた。
 見事ダウンするシリウスに拍手をするジェームズ。スネイプの表情はここからでは見えない。
「キスぐらい、したって罰は当たらないよね」
 誰にも見られないように笑ったリーマスは、その輪の中に入るためにゆっくりと足を動かしていくのだった。