曖昧トルマリン

graytourmaline

ガムテープ

『……何をやっているんだ?』
『あ! だー!』
『あのね、あのねー』
『えっとね、おにいちゃがね、あそんでくれないの』
 座敷童たち曰く『あそんでくれないから、あそんだのー』らしい。
 どうやら彼等はシリウスで、いや、シリウスと遊ぶのが大変気に入ったらしく、暑さに参っているシリウスを見つけては「遊んで」コールを連発していた。
 だかシリウスは相手にしない、涼しい場所を探し求めひたすら暑さに耐えるばかり。で、耐え兼ねた彼等はシリウスが構ってくれないので、自分達で構い始めたのだ。
 髪を三つ編みにしたり、断りもなく一緒にお昼寝したり、シリウスのあだ名を勝手に決めてみたり……で、最終的にシリウスが怒ってそれを見た座敷童たちははしゃぎまくる。いつだってこのパターンだ。
 しかし害があるわけでもなく、ジェームズやリーマスの悪戯に比べれば、どれもこれも可愛いものである。
 と言う事で、も彼等の行動を何も咎めずに(咎めたところで言う事は聞こうとしないので)勝手にシリウスで遊ばせていた訳である。
 だかしかし、こればかりはさすがにやり過ぎた。
 もしかしたらジェームズたちよりも悪質かもしれない。はシリウスに激しく同情した。
 長くも短くもない髪にまとわりつく無数のガムテープ。
 セロテープではない。紙製のガムテープ。
『……悪戯が過ぎるぞ』
、怒ってる?』
『怒ってる!』
 座敷童たちも、ペンギンの子供の如く部屋の隅に固まってを見上げている。
『ご、ごめんなさい……』
『もうしません』
『……許してください』
『謝る相手はおれじゃなくてあそこのお兄ちゃんだろ?』
 がそう言うと、座敷童たちはシリウスの元へと駆けて行って、深く頭を下げた。なんだか半泣きの子供もいたので、シリウスはなぜか奇妙な罪悪感を感じながらも「もうするなよ」と注意だけした。
 の方も、シリウスが許すならいいと彼等に告げてしばらく外で遊んでいるように伝えて、シリウスの方に歩いてきて傍らに膝をついた。
「済まない、おれの責任だ」
「いや、大丈夫だって。どうせ切ろうと思ってた所だし」
「この日本、いや、この家でか?」
「……」
 の言葉に、シリウスは黙った。黙らざるを得なかった。
 この家は馬鹿広いくせに現在住人(人間)は六人と、しかも内の半数は髪を切らせたくない非常に嫌な環境にある。
「……、助けてくれ」
「わかっている。さすがにおれもポッターやルーピンやスネイプに髪を切らせる程底抜けに馬鹿ではない」
 三人とも酷い言われようだが、仕方ない。スネイプはシリウスと犬猿の仲で、カットなど頼んだ日にはスキンヘッドの方がマシな髪形に仕上げてくれるだろうだろうし、先の二人はもう心の底から問題外だ。
 さすがにの祖母に頼み込むのは失礼なので、必然的に髪を切るのはになる。他にも妖怪とか幽霊とかはこの屋敷に数多く住んではいるが、さすがにそれは少し不安がある。
 本当に済まなそうにしているを見て、彼らしくもないとシリウスは思ったが、あまり下手な事を言うと何だかメンバーチェンジされそうなので黙っておく。
「奴等が来ないうちに片付けるか。櫛と鋏を取ってくる、先に庭に行っていろ」
 しかし、の迅速な行動も空しく、すでに部屋の前の庭には、見慣れた三人の少年の影がニヤニヤと笑いながら立っていた。
「『奴等が来ないウチ』の『奴等』って誰かな? 
「ふん、ブラック。いいざまだな」
「シーリーウースー。折角だからぼくが切ってあげようか」
 三者三様の笑いを浮かべて庭に立っている彼等、シリウスなんぞ既に顔色ない、が、は違った。今回ばかりは彼はシリウスの味方なのだ。
「三人とも、ブラックに触れたらハサミなりガムテープなり持った妖怪軍団をけしかけるぞ」
 微かに口許に笑みを浮かべたの目は、笑っていなかった。
 つまりシリウスの二の舞いにさせられる、という事だ。しかもの出動はない。自分の信用出来ない友人に髪を切って貰うなど彼等には耐える事が出来ない。
「「……」」
 ここでまず、スネイプとリーマスが黙った。しかし、ジェームズだけは、相変わらず余裕のある表情でを見上げている。
 しかし、には奥の手があった。
「エバンズに『ポッターはこちらに来てからというもの、日本人の女ばかり追いかけている。別れた方がいい』と手紙を書く」
「そんな事書いたってぼくの愛しのリリー…」
「街に出た時に話しかけられてまんざらじゃなかったのは誰だった」
 そんなの左手には更なる奥の手、カメラ付携帯電話。
 あーあ、と戦線離脱したリーマスが呟く。
「おれの言葉とポッターの言葉、エバンズはどちらを信じると思う」
「……」
 そして敵はいなくなった。