曖昧トルマリン

graytourmaline

クレヨン

? 何してるの?」
 リーマスに声を掛けられ、は機嫌良さそうな表情で振り返った。
 風が通る涼しい縁側で俯せに寝転がって、彼は目の前に大きな画用紙を広げてクレヨンを片手に何かをしているようだった。
「……これ、なあに?」
 の目の前まで歩いてきて、向かい側に寝転がったリーマスは真っ白だったはずの画用紙が不規則な様々な色で塗りたくられているのを見て、首を傾げる。
 まるで幼稚園児が目の前の景色をかきなぐったような、絵とは呼べそうにもない物だった。
「何に見える」
 爪の間に入った緑色のクレヨンを取り除いて、は紫色のクレヨンで画用紙いっぱいに大きな渦を描く。
「何を描くかは後で考える」
「後って……でも、もう画用紙には白い絵の描ける部分なんてないよ?」
 確かに、リーマスの言うとおり、画用紙は様々なクレヨンの色が混ざり合って、もう白い画用紙の部分は端の方しかなくなっていた。
 しかしは今度は黒いクレヨンを手に取って、左端の方からまんべんなくその色を塗りたくり始める。折角の色も、すべて黒に打ち消されてしまい、リーマスは彼が一体何をやりたいのか全くわからなくなっている。
「小さい頃使っていたおもちゃ箱を見つけてな」
「その中にクレヨンがあったの?」
「ああ、懐かしくて、遊んでみたくなった」
 黒いクレヨンはどんどん磨り減っていって、色がまばらに散っていた画用紙をその色で支配していっている。
、楽しそうだね」
「そうか?」
「うん、ぼくらと一緒にいるよりずっと楽しそう」
 少し拗ねたようにリーマスが言うと、はまた「そうか?」と尋ねてみた。

「ん?」
「画用紙、真っ黒になっちゃったよ」
「そうだな」
 黒のクレヨンをもとの場所に戻すと、は何か考えるように真っ黒い画用紙を見つめている。
 まさか、これで完成じゃないだろうな、とリーマスは思ったが、はおもむろに竹串を取り出してクレヨンの蓋を閉めた。
「花火が見たいな」
「ハナビ?」
「大きな打ち上げ花火。三尺玉って知っているか?」
 そう言うと、はその竹串を真っ黒な画用紙の上で滑らせ、新しい絵を描いていった。
 黒いクレヨンの部分が削れて、下の画用紙についた他の色が現れ始めると、思わずリーマスは「おー」と拍手をする。
「今度、花火しようか」
「大きいの?」
「まさか、小さいのだ」
 画用紙の上に描かれていく打ち上げ花火に、リーマスは興味を持ったようで、一度大きな花火を見てみたくなった。
「でも、クレヨンってこんな使い方もあるんだね」
「昔はよくやったな。でも、だから黒はすぐ無くなった」
 花火を描く事に満足したのか、は体を起こしてとても変な打ち上げ花火を見下ろした。リーマスも体を起こし、の絵をまじまじと見つめながら夜空に打ち上げられる大きな花火を想像してみる。
、ぼく大きな花火見てみたい」
「……確か来週だったか、どこかでやるぞ?」
「見る! 絶対見に行きたい!」
 のクレヨンで描かれた絵を見ながら、リーマスは縁側に足をブラブラさせた。
「クレヨンみたいにいろんな色が空にあがるの?」
「クレヨンよりもずっと綺麗で、儚い。あと音が凄い」
 腹に響くような打ち上げ花火の音を想像して、はにっこりと笑う。
「へーえ」
「日本に来たなら夏の風物詩くらい見ておかないとな。夏の内に何度かあるから、調べておく」
 おかしな花火の絵とクレヨンを縁側に置いて、は立ち上がった。
「どうしたの?」
「手、洗ってくる。クレヨンくさい」
 様々な色に染まった手の平を見せて、は洗面所のある方向へ足を向けた。リーマスも立ち上がって、そのクレヨンと画用紙を持ってを追いかける。
「ね、。花火が見終わったら、ぼくにもクレヨン貸してね」
「別に構わないが、描くのか?」
「うん」
 嬉しそうにの描いた花火を見つめながら、リーマスがニッコリと笑った。