轍
「買い物に出かけるが、誰か一緒に来るか?」
のその言葉に、日本の暑さにやられていた四人の男共はそろって手を上げた。
「なんだ、皆行くのか。杖は置いていけよ、マグルの方で買い物するから。人数が厳しいが、仕方ないな……ニケツとサンケツでいいか」
『ニケツサンケツ……?』
の言葉に四人は首を傾げ、付いて来るように促した彼の背を急いで追いかけた。
「おれたちは5人、自転車は2台」
は自分の家にある自転車を車庫から出しながら四人に視線を向けた。
「……さて、どうする?」
ガチャン! と自転車の鍵を外しながらは見た目が新しい方の自転車に腰をかけた。
四人はそれぞれ視線を交わし、ジェームズが代表で「分けるしかないだろ?」という。
「じゃあ、おれとポッター。ブラック、ルーピン、スネイプで」
「! ちょっと待ってストップ!」
「なんだ? ポッター」
「まずいよ! それはマズイ!」
夏真っ盛りのはずなのに、ジェームズは冷や汗をかいている。後ろで殺気全開の犬と狼と蛇が今にも鹿の首を絞めんばかりに力強く拳を握っていた。
流石のジェームズも三人相手では適わないと判断したのだろう。
遠い異国の地で愛するリリーと別れるなんて事があれば、彼は間違いなく化けて出るが。
「……じゃあ、おれとスネイプ。ポッターとブラックとルーピン」
「そ、それならまだ……」
「良くないだろジェームズ!」
「そうだよ、全然良くない!」
「お前達二人とは一緒に乗らん」
『えぇ! ! そんな!』
口をそろえて不満を言うシリウスとリーマスに「ぼくとシリウスが一緒で壊れないかな」とジェームズはかなり心配そうに自転車を見た。
「埒が明かんな。ではスネイプとポッターとおれ」
「奴と一緒なんて絶対ごめんだ!」
次の案はスネイプに却下されたので、は仕方なさそうに一度空を仰ぎ、次の言葉を一息で言い切った。
「おれは一人で行く。四人で来い」
「冗談抜きでおれたちへの誘いはなし!?」
「そんなの酷いよ! !」
「ここの道を真っすぐ行った坂の下で涼んでいるからな」
はそれだけ言うとハブステップのない新しい自転車に乗って、乾き始めた石畳の道をタイヤの跡を付けながらノロノロと出て行ってしまった。
「「「……」」」
「ぼくを睨んだって仕方ないだろ」
無言で睨む友人達にジェームズはため息をつきながらそう言った。
(家で大人しくしていた方がよかったのかな……?)
とか思っていたりもした。
「置いてきたけど、あいつら大丈夫かな……?」
チャリンコをこぎながらは蝉の声に耳を傾けた……夏だ、という感じがする。
「まあ、杖は置いてきたし……家は壊れないだろう」
しかしは知らない。友人を置いてきた家の倉庫前では約一名の友人が炎天下の中悲惨な目に会っていることを。
「ということで、セブルス! 頑張って!」
「ちょっと待て……? ちょっと待て…! ちょっと待て!?」
「なんだよ? 行っちまったから早くしろ」
「そうだよ、セブルス。早くしよーよ」
「なんでぼくがこがなければならないんだ!!?」
「「「セブルス・スネイプだから」」」
「貴様ら訳がわからんわ!」
スネイプは否応なしにチャリンコ弐号(ハブステップ付きカマキリ型ママチャリ)の運転を任されようとしていた。
ちなみにジェームズは右側のハブステップに足をかけ、シリウスが反対側を取り、リーマスがノホホンと進行方向とは逆の向きでサドルに座っている。
道行く人には振り向かれ、警察に見つかれば確実に怒鳴られる曲芸乗りのこの場合、走者は否応なしに立ちこぎを迫られる。
四人分の体重がペダルにかかり、この暑さで坂道など地獄に等しい。
この位置に来た人間の明日は筋肉痛が待ち構えている。
ましてやインドア派のスネイプだ。
彼らは死刑宣告に等しい事をしていた。
「さあっ、レッツ・ゴー!」
嬉しそうにリーマスがスネイプを促す。
「……嫌だ」
「セ・ブ・ル・ス?」
リーマスが微笑む。
「……はい」
彼に逆らえる人間はこの世にそうそういない。
セブルス・スネイプは心の底からそう思ったのだった。
「でも酷いよねー、ったら置いていくんだもん」
「そうだよな、おれたちそんな酷いことしたか?」
「やっぱりこの間の寝顔覗き見しようとしたのが悪かったのかな?」
「いや、こんな暑いのに抱きついたのが原因かもな」
「それとも暑さに頭やられて振りしてにキスした所為?」
「それおれもそういう振りして押し倒したな」
「二人ともそんな事してたの? よく殺されなかったね」
呆れがちにジェームズは言う。
スネイプもなにか言いたそうだったが、今はそれどころではない。
下りに入ったらこいつら全員振り落としてやろうか、とか考えてはいたが。
「いや、何回か逝きかけたよ」
「おれなんか何十回もだぜ?」
「そろそろキスぐらいしてくれたっていいのにね」
「なあ? そう思うよな?」
「………ねえ、肝心なところ忘れてる気がするんだけど」
ジェームズが器用に両手を離して真面目に考えるように顎に手を当てて考えに入った。
「……あのさ、二人とも。って君達の事なんて考えていると思ってるの?」
「我侭な恋人」
「好きな人」
「……リーマスかなり微妙な線だけど、シリウスは前提が間違っているよ。だって君に対する好意セブルス以下だっただろ」
「もう一度言ってみろジェームズ!」
「ぼくは事実を言ったまでだ!」
「揺らすな馬鹿共!」
自転車の上でジェームズをシバキにかかるシリウスに運転手のスネイプはぬかるんだ場所に突入してしまい、重いペダルを必死にこいでいた。
すでに息が上がっている。
「ストップ、ストップ! だって、君の事まだ友達感覚で付き合っていると思うし! 君だってぼくに四六時中「愛してる」とか言われたり追いかけまわされたりキスされたら嫌だろ!?」
「嫌に決まってるっ!」
力強く言う親友にジェームズは「ほら」と言った。
「は現在まさにその気分なんだよ。少しは友達感覚になってあげようよ」
「うーん……」
「ほら、見てご覧よ。の走って行った轍がある」
爽やかな笑顔で道の前方を指すジェームズ。その笑顔は夏の暑さと汗によって輝いていた。
しかし忘れてはならない、スネイプはその下で未だ必死にペダルをこいでいるのだ。
物悲しげに目を伏せたジェームズにシリウスとリーマスは顔を合わせて、神妙にした。
美しく髪をかきあげジェームズはフッと笑みを零し、親友達に快活に言った。
「ちょっと蛇行してるよね……」
「「言ってみただけかーっ! う、わぁ!?」」
がたん! と前触れもなしに自転車は揺れ、今更ながらまるでサーカスの芸のように男四人が積まれた自転車は、猛スピードで坂を下り始めた。
当たり前の事だが、一人乗りの自転車が坂を下る時よりも四人乗りの自転車が下るときの方が速い。おまけにハンドルは効かない。。
「あーははははははっ!」
突然襲いかかる風とスリルにジェームズは狂ったように笑い出した。
誰も気付いてはいないが、実は運転手の目が据わっていて、口許は笑っている。
シリウスは髪がオールバックもどきになり、生え際が痛そうだった。
唯一進行方向と逆のリーマスはそんな二人を見比べてクスクスと笑っていた。
途中ですれ違った虫篭を持った小さい子供がそんな奇妙な四人組を見て固まって泣いていた。
「おい! スネイプ! 前に人がいるっ! ベル鳴らせ!」
「こんな状態で手はなせるかぁっ! ははっ…ハハハハハハ!!!」
「スネイプが壊れたー!? ってジェームズ?!」
「は―――――っはははははは! ィヤッハーッ!」
「ジェームズも壊れてるー!?」
「ぼくが鳴らす。って、あれだよ?」
「なんだって!? スネイプ! ブレーキブレーキ!」
ぺプー…! とベル代わりのパフパフを鳴らすリーマスは空いた手でに手を振り(は視線を逸らして口許に手を当てていた)シリウスは首が痛くなるほど勢いよく振り向いてスネイプの頭を殴った。
運転手を失った自転車は、凄まじい音と共に止まった。
止まったと表現するよりも、運転手が手を離して横転した。
運転手は顔面から石畳に突っ込んだ。
左側のハブステップに足をかけていた犬が遠心力により放り出された。
サドルの狼は足をついて己の身を守った。
鹿は笑いながらも普通に着地してまだ腹を抱えて笑っていた。
「ハハハハハハ! ……あ―――――っ…楽しかった!」
「そうだね、今度またやろうね」
パタパタとの元に走っていくリーマスにジェームズは壊れながら笑って流血しているスネイプと、流血しながら藪に顔面肩突っ込んで沈黙しているシリウスを確認しながら完全無視した。
その代わりどこも傷ついていない脅威の自転車を引きながらリーマスを追う。
は相変わらず顔を伏せて口許を覆っていて、石畳に膝をついている。
「……? お、怒ってる?」
「お、お前等! 馬鹿だろっ!」
腹を抱えて笑うにリーマスとジェームズは視線を交わし「怒ってないの?」と聞いてみた。
「怒りたいけど、顔凄ッ…!」
近寄ってきたリーマスの肩を引き寄せて爆笑するに、二人は驚いてまた視線を交わした。こんなに笑っているは始めて見た。
「馬鹿だ、馬鹿が居る! 腹痛たっ……! ルーピン真顔で『ぱふー』って鳴らすし! 真顔で『ぱぷー』って! あははは!」
「どうしよう、リーマス。ぼく等、多分今凄い貴重な現場に立ち会ってる」
「うん、全世界の誰に言っても信じてもらえない光景だ」
「そして大口開けて笑うが可愛いと思った」
「はいつも可愛いからそれは当たり前だよ」
こんなに笑ったのは何年振りだと、涙を拭いながらリーマスから離れたは、死んでいる二人を道の真中から引きずって道端に置き捨て、上機嫌のまま買い物へと向かった。
後に残された犬と蛇は、その後ラムネを飲みながら買い物帰りに同じ道を通ってきた友人たちに発見され、半日ほど意識不明(スネイプに至っては筋肉痛)で猛暑を過ごしたとか。