曖昧トルマリン

graytourmaline

釣りをする人

 それは三日程前のある河の上流での清々しい程の出来事だった。
! なにアレ! アレ! 一体何!?」
「はしゃぐなルーピン、ここは勢いが激しいから落ちたら確実に中流まで流されるぞ」
 折角日本に来たのだから百聞は一見に如かず、ということで5人は日本の河辺に生息する魔法生物を見にやって来たのである。
 途中、犬が狐に化かされからかわれたので、取って喰おうかと言った所、に後ろ回し蹴りを食らい日本のホトケサマという物になりかけた事含む、特に変わったこともなくここまでやってきた次第である。
「大丈夫! オボレルモノハワラジヲハクだよっ!」
「藁をも掴むだ、それに意味も違う……って! そこの二人組!」
 リーマスが発見した魔法生物にちょっかいを出そうとしたジェームズとシリウスに容赦なく、の下駄が高速で顔面に飛来、激突した。
、あれの名前は?」
「小豆洗い」
「何をする魔法生物なんだ?」
「小豆を洗う」
 そのまんま答えられたスネイプは微妙な顔をして川べりで小豆を磨いでいる小男を黙って見つめ、通り過ぎた。
「何なら少し話すか?」
「いや、結構だ。しかし、その口調だと知り合いなのか?」
「友人だ」
 互いに手を振って軽く挨拶すると、は警戒する必要はないと穏やかな顔で続ける。
「彼は粒餡も漉し餡もこよなく愛し、ササゲの赤飯も認める温厚な派閥の所属だから安心しろ。赤飯戦争や粒漉戦争はきのこたけのこ戦争よりも歴史が古いから魔法生物全般にまで影響が及んで参加人数が膨大なんだ」
「何を言っているのか半分以上理解出来ないが、お前が変人に育った理由が日に日に解明されて行く事に一定の進歩を感じる」
「イギリスで言うミルクティーのMIF派とMIA派の戦争と同じ類だ。それと、おれはアレが普通に見えるのならば変人でいい」
 ラブコールを届けようとするシリウスを川へと蹴り落とし、高々と上がる水しぶきを見て不愉快そうに鼻で笑う。スネイプはその隣で、ものすごい勢いでシリウスが流れていくのを目の端で確認した。
 彼は何も見なかったことにした。それが三日ほど前の事で、仲間意識とか同族意識とかそういった概念をシリウスに当て嵌めさせない面々は特に変わりなくその河の中流域で川魚を釣っていた。
 運が良ければシリウスが釣れるかもしれない、と言ったジェームズに三方向から釣らなくていいというやる気のないツッコミが入ったりもした。
「ああ、なんて可哀想なシリウス……君のことはしばらくは忘れないよ」
 さめざめと泣く演技をしながら、結局は同じ穴の狢であったジェームズは悲しみが一欠けらも含まれない動作で新しい餌をつけた。
 スルメを餌にちまちまとサワガニを釣っているジェームズに、ここぞとばかりに甘えまくるリーマス。その隣で無心に竿を振っているスネイプ。傍らには大量の川魚。シリウスがいないだけでここまで平和なのか、とは誰とも無く抱いた感想だった。
、お腹空いた!」
「はいはい」
「ゴハンにしよ」
「はいはい」
、ぼくの相手面倒だなとか思ってない?」
「……ああ」
「肯定された!?」
 驚いた演技をするリーマスは酷いとか何とか言いながらに抱きつくが、互いの体温の暑さにすぐに離れて鬱陶しい視線を寄越す。

「……一寸待っていろ、暑苦鬱陶しい」
 妙な言葉を足して混ぜながらリーマスを木陰に誘導し、川魚で密かに大漁旗をあげていそうなスネイプの所に歩いていく。
「スネイプ、昼餉にするぞ」
「もうか?」
「それだけ釣れば十分だろう、あと日焼けが凄い事になってるから冷すぞ」
 濡れたタオルを投げかけながら指摘するとスネイプがみるみる不愉快そうな表情になった。普段は日焼けという言葉からかなり遠い位置に居るので気にしなかったのだろうが、半袖から覗いた腕は真っ赤に日焼けしている。
 肩から垂れたタオルに触れると痛いらしく、表情は治まる気配がない。
「後で乳液も貸してやるから水分補給だけしておけよ」
「すまない」
「いや、ちゃんと監督していなかったおれにも非がある」
 そんな会話をしている二人を眺める鳶色の瞳。カニを漁っているジェームズの隣では、リーマスが青筋を浮かべて暗雲を呼んでいた。右手に握られていた石が粉々に砕けた気もしなくもないが、目の錯覚にしておく。
 ホモの三つ巴とはかくも面倒な物なのだな、と一人蚊帳の外に居るジェームズは冷静な目で観察する。自由研究には使えない素材なのが残念だった。
「スネイプ、また引いてるみたいだぞ」
 そんな事は露知らず、はまたも魚が釣れたらしいスネイプの竿をみて呟き、スネイプはスネイプで黙々とリールを巻いていた。
 が、しかし、針についていたのは魚ではなく、真っ黒で異様に大きな毛玉だった。
「……」
 皆が口を噤んだ一瞬の間の後、前に進み出たが毛玉、こと黒犬の頬を殴る勢いで叩き、気を確かにさせようとする。
「あ、気づいた」
 遠くから眺めていたジェームスは親友がどうやら死んでいなかったことを確認すると、一人悠々と竈を作り始めた。沢蟹でスープを作るためだ。
「ばぅぁう! ばぅっ!」
、知り合いか?」
「なぜそう思う」
「やたらと懐いているではないか」
 確かに黒犬、こと、シリウスはに懐いていた。
 フンフンと鼻を鳴らし、尻尾を振る。少々規格外の大きさである事を除けば、まるで飼い主に懐く愛玩犬のようだ。
「犬に知り合いはいない」
 ゴーン、と寺院の鐘が鳴るような音が響いた。明らかに犬はショックを受けている。
「ばぅ! バウッ!」
「本当に違うのか? 何か言いたそうだぞ?」
「放っておけ……おい!?」
 が背中を見せた途端、その黒い毛玉は彼を押し倒した。というか、襲った。割とというか大分やらしい姿勢になってしまったのを見て、思わずスネイプが目を逸らす。
「止めろ! この駄犬!」
「あー、、シリウスに襲われてるよ。っていうかもうシリウスがに盛ってるみたいだよね……リーマス?」
 元から臨界点突破寸前だったというのに、ジェームズの盛ってるの一言を期にリーマスは静かに切れた。仕方ないと言えば仕方ない。
 軽く助走をつけながら犬に向かっていくリーマス。途中やっと犬をどうにかしなければの身に危機が訪れるという事を理解したスネイプとアイコンタクトしたのは、ジェームズの気のせいではないであろう。
 まったく同じタイミングで二人は足を引き、次の瞬間、ありえない音と共にワンコは垂直方向に高く高く空高く舞い……蹴り上がった。
 蟹汁を作りながら、ジェームズは宙に舞い落ちる黒犬を眺める。そのまま今度は重力に掴まり落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて、首から地面に入った。
 変な音が着陸した時に聞こえたが、多分気のせいであろう。
「この駄犬が!」
 首根っこを掴んで黒犬を宙ぶらりん状態にしたを確かめて、ジェームズはいい感じになってきた蟹汁に視線を移したまま問いかける。
、その犬。どうするの?」
「ぼくが引き取って実験台にしようか?」
 目の笑っていない二人組には首を振り、リリーに匹敵する笑顔をサービスした後、こう尋ねた。
「キャッチ・アンド・リリースって、知っているか?」
 こうして、一匹の黒犬は魔法を使わない純粋な力のみによって上流方向の空へと飛ばされ、三人は何事もなかったかのように昼飯にありついたとさ。
 余談だが、その半日後。見るも哀れな姿のシリウス・ブラック氏が河童に発見され、山童経由での元に届けられたとか。