鬼ごっこ
まだ幼い子供たちが家の庭に現れたのはその日のまだ涼しい、午前中の事だった。
大きな屋敷の純日本家屋には日本では知名度だけはメジャー級な魔法生物であるザシキワラシがうじゃうじゃいた。
なんでも各家庭に繁栄と堕落をもたらす彼等だが、都会の家はコンクリで居心地が悪いとかで、このような家に大量に集まっている、というのがの言葉だ。
だが今回はそんなことはどうでもいい。
遊ぼうというのだ。彼等が。
「ねー、あそぼうよお」
一番小さなザシキワラシが毬というボールを持ってシリウスにじゃれつく。リーマス曰く「シリウスは『本当に』『皆の』玩具なんだよ」だそうだ。
「あー、悪いなー、お兄ちゃん今勉強中なんだよ」
『むーう! ー。いっしょにあそぼー!』
『……おれも勉強中なんだけど』
『ー!』
『……鬼ごっこでいいんだな』
ここへ来てからわかったことだが、は子供に甘い。いや、子供の魔法生物やゴーストに対して物凄く甘い。シリウスとリーマスが嫉妬するほどに。
「わーい! おにっごっこー!」
「お前達もやるか?」
はしゃぐ子供に手を引かれなからが尋ねると、リーマスとジェームズが手を上げた。スネイプは若いくせに眉間に皺を寄せて本を読んでいるし、シリウスも似たり寄ったり。
子供たちにしてみれば面白くはない。
「皆でやった方が楽しいのにね」
年長の子供が残った二人を見て残念そうに言った。
するとジェームズとリーマスは何を思ったのかニヤリと笑い合い、一番年端の行かない男の子に耳打ちした。
「ふたりのおにいちゃんはね、ぼくらにカナワナイからおにごっこしないんだって!」
ピクリ、とシリウスとスネイプが反応する。見えないところでジェームズとリーマスはガッツポーズをした。
「よわむし」
「弱虫だね」
「よわむし!」
ほんの数秒後、スネイプが読んでいた本を机の上に叩きつけて立上がり、シリウスも青筋を立てながら重い腰を上げた。
怖い。が、精神的屈辱を味わい且ザシキワラシを殺さなかった二人にも拍手。
「「やってやろうじゃないか……」」
その場にピーターがいたならば即死しそうな勢いの二人が、の瞳に映った。
「……で、なんで君がと組んでいるのかな?」
そして中庭にて、狼の黒笑に犬はいまにも鍋にされそうな勢いだった。先程の怒りが既に収まっている。
「し、しかたないだろ! ジャンケンで負けたんだから!」
「ふうん? まあ、いいけど」
人数が人数なので鬼は二人。二人三脚で追いかけろ。ルールはそれだけ。
つまり、罠を掛けようが、鬼を撃退しようが、束になってリンチしようが自由……ということである。現に何を間違っているのか、リーマスは子供たちと一緒に撃退道具作りに励んでいた。
「それじゃあ、きちんと100びょうね!」
それだけいうと、蜘蛛の子を散らすように子供たちが逃げる。リーマスは微笑みながら去っていったが、シリウスはそれが恐かった。
「、おれ、死ぬかも……」
「葬式はどの宗教でするべきだ?」
本気なのか、冗談なのか、はそれだけ言うとイギリスでは中々見れない青い空と入道雲を見上げる。シリウスの顔も青かった。
「よし、100秒経ったな」
は立ち上がってシリウスと肩を組んだ。身長差があり過ぎて組めていないが、組んだという事にする。
これが普段のシリウスならそのまま押し倒してもおかしくないのだが、リーマスがどこから狙っているのかわからない。
下手したら冗談抜きで首が飛ぶ。
「どうした」
「い、いや……」
「安心しろ、座敷童は悪戯好きだが死ぬような罠は仕掛けん」
そうじゃない! 寧ろ心配なのはリーマスが張った罠なんだ! と、言えればいいが、どこで誰が聞いているのかもわからない。
真夏の真昼の庭の中で、シリウスの胃は冷めている。
そんなことをが知る訳はく、二人とも仲良く二人三脚で庭を走る走る。
たまに床が抜けて竹槍の中に落ちそうになったり、上から剣山が振ってきたり、油がまき散らしてあったり、別の魔法生物が心臓を取って食おうと邪魔してきたりもしたが、全てがシリウスの首を締めたり頭殴ったり軽動脈押さえたりして気絶させてから難を逃れていた。
「役立たず。能無し。ヘタレ犬」
シリウスの体の傷に比例して心の傷は増えていく。今更の気がするが。
「お前を罵倒するネタも尽きたし、本気で掴まえに行くか……」
最初からそうしろよ、というツッコミをこの黒犬には出来る度胸はない。
そんなことお構いなしではゆっくりと深呼吸をして、大声で叫びだした。
「ブラックに襲われるー!」
「おい、ちょっと待ておれ死ぬって! リーマスに殺されるって!」
そんなシリウスの叫びはその場に現れた二人の少年によって打ち消され、同時に絶望の縁に立たされた。
「「!?大丈夫か!!?」」
どこからともなく現れたのはセブルス・スネイプとリーマス・J・ルーピン少年その人。どこか殺気立っているのは気のせいではないだろう。
杖構えてるし。夏休み中は魔法使っちゃいけないのに。
「スネイプ、ルーピン、掴まえた」
あわや夕飯の犬鍋にされかけたシリウスだったが、が二人の袖を掴まえて「今度は二人が鬼な」と言う。
「おれがブラックごときに襲われるはずないだろう。よく考えろ」
ふっと笑ったはとっとと二人の足にロープを巻き付け逃げ出す。きちんと100秒数えろよ、と釘を刺されたにもかかわらず、二人は普段は見せない息の合ったコンビネーションでシリウスにじりじりと近寄っていく。
「ちょ、ちょっと待てよ!? おれが一体何したって言うんだ!?」
「とぼけないでよ、と散々一緒にいたくせに。この恨みはロックハートのテンションより高く、ジェームズのリリーへの愛より深いよ?」
これはこれで凄まじ過ぎる。ロックハートが誰なのかはシリウスに知る由はなかったが、間違いなく、限り無く恨みが深いことはわかった。
「一緒にするか?」
スネイプが低い声で言った。
「そうしよう」
どこかで聞く台詞である。が、そんなことどうでもいい。
今はなにがなんでも生き延びることが先決だった。シリウスは全速力で走る。二人三脚のスネイプとルーピンが全力疾走でそれを追う。
これはこれで笑えるが、怖くもある。
一方、はというと。
「、ぼくお腹空いてきたんだけど」
「わかった。それで、その手に持っているカメラはなんだ?」
「珍しい物が撮れたからね、あとでリリーに送るんだ」
「……? まあいい、鬼がブラックばかり追いかけているんでな、詰らなくなったのだろう、童たちもいつの間にか消えていた」
「そっか、じゃあお開きだね」
「西瓜が冷やしてある。先に食べるか?」
「あ、食べる食べる!」
こうして愛しの少年は鹿と共に友人共の鬼ごっこを微笑ましげに見物したらしい。