初雪
吐き出した吐息は白く窓を曇らせ、硝子に触れた指がジンと痛む。
まるで氷のようだと笑い、手のひらを重ねるとそこだけ白くなっていった。
未だ夢にまで見る君には逢えず、一人の夜を何度も過ごした。
今日も、そうして一日を過ごすのだろう。
「初雪か」
イギリスの、特に北部では珍しくないそれ。
積もるだろうかと考えて、窓を開ける。
凍るような空気が部屋の中を満たし、指先に触れたむつのはなが静かに溶けた。
遠くを見つめると白っぽい月と濁った陽の光が雲の隙間から顔を出したところで、暗かった部屋の中が少しだけ蒼く明るくなる。
何処かで鳥が鳴き、夜の終わりを告げた。
「ああ……止んでしまった」
雲は流れ、外で踊っていた雪はいつの間にか姿を消していた。
空を眺めてみても、これ以上それが降る気配はない。
寒くなったので窓を閉めると、服のあちらこちらに小さな結晶が絡まっていた事に気付く。
一つとして同じもののないそれを軽く払い落とし、暖炉に火を入れる。
結っていた黒髪にも白がまばらに散らばっていたが、オレンジ色の炎に近寄ると融けて消えてしまった。
朝日が差し込む。空が一瞬ごとに明るくなる。
まだ寒い部屋の中で着替えを始め、髪を梳かした。髪と同じ色のローブを着て、もう一度窓の外を静かに眺める。
窓硝子には自分のつけた指紋が残っていた。それ以外は普段となにも変わらない朝。
踵を返して部屋を出るためにドアノブの手をかけ、そしてゆっくりと振り返った。
気のせいなのかもしれない。
また、名を呼ばれた気がした。
「……おはよう」
声の主に応えるかのように呟き、ノブを回して部屋の外へと出る。
後ろ手に扉を閉めながら、微かに緩んだ口元を手で覆った。
「おはよう」
もう一度、今度ははっきりと口に出し、そして前を向く。
彼は一人で歩き出した。
遠い未来でも、死の間際でも構わない。
たった一目だけでもいいから、私はその時が来るまで待ち続ける。
いつか貴方に会える日を夢見て。