空行く月
ベッドに座って白い月を眺めていた黒髪の少年に、鳶色の髪をした少年が問いかけた。
「……ルーピンでは、ないな?」
視線をそのままに、ぽつりと呟いたに対してリーマスは訳のわからない顔をする。
もっとも、この少年の訳のわからない言動は入学以来周知の事実なのだが。
「ごめんね、。全部が全部、一から十までとは言わないからせめて十から四くらいまでは説明して欲しいな」
常にこの少年の言葉が結論から出される事を理解していからこそのリーマスの返答。
それでも彼の視線は夜空から動かない。
「……呼ばれた」
「うん」
「名前を、誰かに呼ばれた」
「うん」
「そんな気がした」
「うん」
「だがここにいるのはルーピンとおれだけだ」
「うん」
「おれが自分の名前を呼ぶはずはない」
「うん」
「けれどルーピンの声でもなかった」
「うん」
「だからルーピンではないなと訊ねた」
「うん、判ったよ。確かにそれはぼくじゃない」
ベッドに座りなおしながらの言葉を肯定して、恐る恐る半月を見上げる。
黒い瞳が初めて動き、そんな少年を見つめた。
「誰の声でもない。けれど確かに呼ばれた、誰かの声がおれの名を呼んだ」
「いつも言ってるゴーストとか魔法生物とか自然の声でもなくて?」
「それならそれとすぐ判る」
普通は判らないんだけどね、というか聞こえもしないんだけどなあ、とリーマスばボヤいたがはいろんな意味であまり普通ではないのでその言葉をさらりと聞き流した。
「それに」
「それに?」
「……何処か、霞がかってはいたが、懐かしい感じがした」
「懐かしい?」
「此処が、押し潰されそうだった」
切なげに目を細めて小さな手のひらが胸に触れ、軽く爪を立てる。
月から逸らした視線の先には、今にも泣き出しそうな表情をしている黒髪の少年。
「」
向かいに座る少年も辛そうな顔をした。
それでも、すぐにその表情を改めて、静かに訊ねる。
「まだ、大丈夫だね」
「……ああ、まだ大丈夫だ」
の強さと弱さを知っているリーマスは、そう彼の心を訊いた。
まだ泣かない。まだ大丈夫。
まだ彼は崩れない。それはもっと、もっと先。そう断言できる絶対的な自信がリーマスの中にはある。
「居るよ」
「……居るか?」
短い言葉の応酬。
それだけで通じた二人の会話。
「居るよ、がそう言うなら絶対に居る。君に懐かしいと感じさせる声の持ち主が」
「そうか」
それだけ言って、は微笑した。リーマスの頬に朱が差す。
彼ら視線は、また一条の月明かり。
「……けれど、それまでは。おれを見ていてくれるか?」
「見て居るよ。君が壊れないように、ずっと君を見て、傍に居る」
短い沈黙の中では表情を変えず訊ね、長い沈黙の中でリーマスは真剣な面持ちでその答えを紡ぎだした。
「別にずっとはいい」と苦笑されると、「駄目だよ、何といわれようと一緒に居るからね。っていうかその人が見つかっても傍に居る!」とそれを隠すように口を尖らせる。
「そうか」
「ちょっと、。ぼく真剣なんだから流さないでよ」
「流してなどいない。ちゃんと聞いている」
「もういいよ。ぼくはそういう無愛想なも嫌いじゃないから」
「……ルーピン」
「というか無愛想こその持ってる最大の魅力の一つなんだけどねって、どうしたの?」
「大丈夫だ」
「……えーっと」
「もしおれが先にその『誰か』を見つけたとしたも、ルーピンの傍にお前が心から許せる『誰か』が現れるまでは。例え離れ離れになっても、おれも、お前を見て居る」
此処から、と指先がリーマスの胸元に触れ、直に離れる。
「……え?」
「まあ、ルーピンの方が先に見つける方が圧倒的に高いがな」
「……でも可能性は0じゃない。というかそんな事言われたらの傍から離れない可能性のほうが高いよ? ずっと、君に見ていて欲しいから」
「真顔で冗談を言うな」
「ごめん。かなり本気」
「どうだかな」
「……ね、」
「なんだ?」
「……ありがとう」
「礼を言われるようなことではない」
ようやく視線を月から離し、ベッドに横になる。傍らの少年はそれ以上はなにも言わずに、彼の様子を静かに見つめていた。
「おれは眠い。寝る」
「うん、おやすみ。」
いつかまた、廻り逢おう。
どこかで私の名を呼んだ、記憶にない懐かしい貴方。