ハイヒール
「買うのか?」
「買わん」
細かい細工が施された硝子製の小箱や小物を眺めてスネイプを振り返る。
「そもそも、買えたとしても、帰りまでカタチが持つかどうか」
「ああ、それもそうだ」
色硝子で彩られた木箱を開くと、オルゴールの音が緩やかに店内に響いた。
もっとも、店の中はカップルや女性の友人同士でそこそこ埋まっていて、その音色を楽しむような場所ではなかったのですぐに蓋を閉めてしまったが。
「リングにネックレス、バレッタ……展示というほどの物はないな」
「確かにそうだ。これならおれの物の方が余程上等だ」
「何だ、バカラでも持っているのか」
「花瓶なら何点か。ベネチアングラスのピアスもあったな、片方だけ」
冗談で言ったスネイプの言葉を、は真顔で肯定した。
まさかと思い表情を引き攣らせるが、嘘を吐く理由も必要もない。意外にが、というよりもの家が裕福だと今更知るが、よく考えてみると金銭に余裕があるからこそ留学をしているのだとはたと気付く。
「尤も、屋敷所有の品に比べたらおれの集めている物は玩具みたいなものだが」
「……そうか」
それ以上の言葉が浮かばずそう返すが、は特に気にした様子もなく展示ケースの最後に飾られていたミュールに辿りついた。
先客で、一組のカップルがそのケースをじっと眺めて、女の方がなにやら彼氏らしい男にねだっているように見える。
しばらくして、あまりにも値段が高いとか彼氏の方が音を上げ、女は仕方なさそうに……見ようによっては残念そうに小さな箱を手にしてレジの方へ歩いて行った。
「なんなんだ?」
「ただのガラス製のハイヒールだ」
こざっぱりとは言い、店の照明を反射するケースの中で一段と輝いている硝子の靴に指をさした。
「『灰かぶり姫』か?」
「あれはミュールではないだろう」
「どれも一緒だろう」
「それもそうだ」
少女の反応としてはあまりにも冷めているに、少なからず好意の視線を抱いていた周囲の人間達はどうやら眉をしかめたようだった。
ふう、と溜め息を付いてはもう一度硝子の靴を眺めた。素晴らしい作品だとは思ったが、それだけだ。
スネイプにしか聞こえなかったが、口の中で「期待外れだ」とか色々ボヤいている。
「、そろそろ出ないか?」
「ああ、すまない。おれが来たいと言ったのに不快な気分にさせて」
「いや、ぼくは別に構わない」
恋人よろしく手を繋いだに少々動揺しながらも、普段と何等変わりのない口調でスネイプは店の外までそそくさと歩いて行った。
「それで次はどうするんだ。絶叫系以外ならば付き合ってやる」
その言葉を聞いて、はおかしそうに笑った後、その店のショーウインドウを横目で眺めた。
先程の靴と、同じようないくつものハイヒールが道行く人の足を止め店の中へと誘っているその姿を確認すると、半ば自嘲気味な笑みを浮かべてスネイプを見上げる。
「それは回転木馬ならば一緒に付き合うという意味か?」
「、それは一体何の羞恥プレイだ……」
の横を歩きながら、熱い空気を浴びたスネイプもうんざりしたように女装した少年を見下ろすのだった。