曖昧トルマリン

graytourmaline

マニキュア

 六人掛けのボックス席が四人の少年少女で埋まっていた。
 一人は少女で、後は少年。
 東洋系の顔立ちをした黒髪の美少女が一番奥の席に座り、向かいに鳶色の髪の穏やかそうな少年、その少年の隣には黒い髪の少年。更に少女の隣に座っているのがハンサムという言葉がこの世に生を受けたような美少年。
 その三人の少年が、少女を守る騎士の如く店の一番奥に陣取っていた。
 しかし、この上記の記述の中で、一つだけ間違っているものがある。
 実は四人とも少年なのであるのだが、そんな事はどうでもいい。
 違和感なく少女の格好をさせられている少年は、それはもうこの自分を守る三人以外には男として見られているはずもなく非常に複雑な表情をしていた。
、そんな表情してると折角の可愛らしい顔が台無しだよ」
「ルーピン、貴様おれが何でこうなっているのか想像つかんか?」
「え、なんで?」
 マジボケをかました狼男には思わずキレたくなる衝動を抑え、グッとフォークを握り目の前で恐ろしい程甘ったるい匂いを放っているブツの一つをグッサリと刺す。
「この恐ろしい程カロリーの高い食物群はなんだ?」
「メニュー的にはデザートに分類される、ぼくの主食」
「……そうだな。チョコレートが主食の男に聞いたおれが馬鹿だった、ところでスネイプとブラック。死んではいないな?」
 コーヒーと紅茶片手に顔を俯かせている友人には一応心配してみた。
 既に二人とも指一本すら動かすことのできない瀕死状態に陥っていた。
「聞くまでもないみたいだね。でも二人とも、これから園内歩くんだからちゃんと食べておかないと持たないよ?」
「一応突っ込んでおくが、これはすべてお前の所為だぞ」
 目の前の巨大サンデーに始まり、ありとあらゆる甘いものがテーブルを占めている。
 いや、いたと過去形の方がいいのかもしれない。すでに大部分の高カロリー食品はリーマスの胃袋に消え、今この場にある例外的なものといえば、スネイプの頼んだコーヒーと、シリウスの頼んだ紅茶と、の頼んだ数品のサンドイッチやサラダ数点だった。
 地獄とは正にこのことだったと、黒髪の少年たちは恨めしそうに腹黒甘党大魔王を見上げる。
 瞳に映った彼の笑みは、どこか確信じみていた。
「気分が優れないんなら外で待っててもいいんだよ、もうすぐ食べ終るし」
「「それは絶対に駄目だ!」」
 普段仲の悪い二人が声を合わせて主張する。そう、そんなこと絶対に駄目だった。
 女帝リリー様の言いつけを守れないことも重要だが、この狼をと二人きりにしてはならないと心の奥底からシリウスもスネイプも思っているのだ。
「ふーん、じゃあ頑張ってね」
「悪魔だな」
 二人の心を代弁するようにが呟くが、リーマスはしれっとした顔で最後のチョコレートサンデーを食している。
「それよりさ、の爪ってそれもリリーがやったの?」
「自分で」
「薬草学でもないのに?」
 爪が割れるからと普段つけているマニキュアを今日という日につけてくる理由が判らず尋ねると、リリーに化粧をしろと迫られたからこれを塗って誤魔化したとげんなりした様子で答える。
「化粧なんてしなくてもは今のままで充分可愛いから必要ないよ」
「ルーピン、その前におれが男であるという事を思い出せ」
「忘れてなんかいないよ」
 どうだか、と言いながら両手をナプキンで拭いたは自分の頼んだデザートを片付ける為にサンデーに手を出す。
 南国系のフルーツが冷たい皿一杯に盛られたサンデーはホグワーツでは中々お目にかかれない。バナナ、パイナップル、マンゴー、キウイ、マンゴスチン、パパイヤ、他にも沢山のフルーツがこれでもかというくらい飾られ、仕上げに蘭の花が添えられている。
。そのサンデー、一口頂戴っ」
「……お前よくそれだけ甘いものが入るな」
「別腹って存在するんだよ?」
「知ってる、科学的にも証明されている」
 呆れたように言ったは小さなスプーンで大量のアイスクリームを掬い、何やら言いたげな犬とかの視線を無視し色気ゼロでそれを差し出す。
、折角だから『はい、アーンして』とか可愛らしく言ってくれない?」
「矢張り自分で食う」
「わあ! 、ストップストップ!」
 しかしリーマスのその言葉を思い切り無視して、はバニラアイスの塊を口の中に放り込み黙々とフルーツを消化していく。
 その様子を見て、ああ、怒らせたな…とか平然と友を見つつ、ザマーミロとか思ってみる重体のシリウスとスネイプでもあった。
「あー、結局自分一人で全部食べちゃうし……」
「思う存分チョコレート菓子は堪能しただろう。そんな事より支払いに行くぞ、いい加減同じ人間に観察されるのは疲れた」
「それもそうだね。ほら、シリウスもセブルスも起きて」
 まだ顔色の良くない二人を叩き起こし、リーマスは自分がボックスから出たいがために隣にいたスネイプのつむじを人差し指で連打する。
「おい……ルーピン、貴様」
「まったく、ぼくとが通路側の席だったら二人を置いて今日一日を過ごせたのに……」
 スネイプの言葉を完全無視して残念そうに呟くリーマスはレシートを持って会計へと歩いて行く。その後にが続き、さらに二人が気分悪そうに続いていく。
 途中、ほとんど食事をしていない女子のグループを幾つも見掛けたが全部が全部視線の正体と判断するのは自意識過剰だという事にしておいてそれも無視してみた。
 レジの列の前でぴたり、とリーマスが止まる。
「……あれ、。これなに?」
「……これ?」
「左手の小指の爪」
 リーマスの指した先には、ハート型の小さなシールが貼られていた。自分で貼った覚えはないので、恐らくはリリーだろう。
 こんなの知らない、と答えるとリーマスも、それを見ていたシリウスとスネイプも「リリーか」と呟いてそれ以上の追求をしない事にした。彼女のやる事なのでもしかしたら何か意味があるのかもしれないが、知りたくもないし知る必要もないと結論付けた四人はレジで精算を済ませた。
「……ああ、それともう一つ」
「何がもう一つ?」
「マニキュア」
 不適に笑うは固く拳を握り、視線を何処か遠くの方へと投げる。
「殴った時、爪割れを起こさない為だ」
「……参考までに訊くけど、誰を殴るつもりで塗ったの?」
「さあな。お前達の内の誰かかもしれないし、後ろでこそこそしている連中かもしれない」
「そう。ねえ、ぼくさ、今改めて、君の護衛はちゃんとしなきゃいけないって思ったよ」
「ふーん?」
 物騒な事を言っている自覚がないの様子を見ながら、シリウスは一歩たじろぎ、スネイプはなんとなく胃が痛くなる思いをしながら会計を済ませていくのだった。