トランキライザー
ブチ切れた静かなスネイプの声が、室内に響いた。
「まあまあ、セブルス。なかなか似合ってるよ」
それを制するリーマスの言葉は、どこかウキウキしていた。
「っ! 涙が出るくらい似合ってるぞ!」
そしてもう一方ではシリウスがに抱き付きたがっていた。
「……うるさい」
は静かに椅子に座ったまま、シリウスを睨んでいた。
妙な組み合わせの上に、シリウスが殴られない理由は魔法薬学の時間に起こった些細な間違い、または悲劇が原因だった。
ピーターの鍋が、彼のくしゃみの拍子に思い切り盛大にに向かって倒れたのだ。
そこへ助太刀に入ったシリウス、リーマス、そしてペアで調合をしていたスネイプも見事と共にその液体を被ってしまうというお約束な展開が繰り広げられた。
んでもって、作りかけの薬は四人の頭にシャワーのように降り注ぎ、結果、以下のような事態に陥った。
『セブルス。君の猫耳、割と似合ってるよ』
『黙れルーピン!』
『ピーターよくやった! のロップイヤーの耳が愛らし過ぎる! 特別におれの犬耳に関しては不問にしてやる!』
『……邪魔』
耳と尻尾が生えてきたのだ。
この四人に。
おかげで授業は一時中断。魔法薬学の教授からは『材料が足りないから1週間待て』と言われる始末。
そんなこんなで本日最後の授業後、魔法薬学の教室に残った悪戯仕掛け人-2+1名は好きなように声を張り上げている次第である。
『こんな格好で一週間まともな寮生活ができると思うか!』
叫ぶスネイプ。完全に落ち着きを無くしている。
『スネイプ落ち着け、フィルチに掛け合って何とかしてやる』
てなことがあり、現在夜8時。
この四人はフィルチと、何故か噂を聞きつけたダンブルドアによって与えられたどこぞの六人部屋で一週間過ごす事になった。
スネイプとの表情がそれぞれ別の意味で歪んだが、やがて二人も諦めた。叫んでも喚いても耳や尻尾は取れないのだ。
「ちょっとシリウス! 君ばっかりに甘えてずるいよ!」
シリウスの腕の中のを抱き上げたリーマスは、ウサ耳の後ろにキスしながら腕の中のロップ・イヤー・ラビットに同意を求めた。
「離せ」
「は心配性だなあ、いくらぼくが狼でも食べたりしないからさ」
「駄目だ危険だ! リーマスの言ってる事なんて信用するな!」
勝手に喧嘩を始める二人に、はリーマスの腕から抜け出して、ちょっとアレな感じにイッてるスネイプのベッドの上に逃げ込んだ。
背中を向けて、ぱたぱたと猫のシッポを振るその姿はどこか愛らしかった。
は、思い切りその尻尾を掴んでやりたい衝動に駆られた。
「……てい」
結局ほんの数秒で誘惑に負け、はスネイプの蛇のように長い尻尾をムンズと掴んだ。
「!?」
いきなり背後から尻尾を掴まれ、スネイプは肩を過剰に反応させすぐに後ろを向いて犯人を視界に入れた。
「……、離してくれないか」
「つい誘惑に勝てなくて」
「何の誘惑だ……」
ぱたぱたと愛らしく揺れるネコ尻尾など、誘惑以外の何であろうと思ったが言うのは止めておいた。思わずデコピンしたり、ヘッドロックをかけて頭をグリグリ撫で回したい、とか変わらない表情の下で思っているのだ。
この際ミミシッポがあれば何でもいいので、シリウスやリーマスでも、別に不服ではないのだが、あまりやり過ぎるとあの二人は付け上がりそうだからは嫌だった。
「スネイプは猫は嫌いか」
「動物は好きでない」
「おれは好きだ」
ネコとウサギはベッドの端で仲良く並んで座った。
「動物と触れ合うと落ち着く」
いきなり何を言い出すのかとスネイプはを見た。
「……うん、癒される」
「!? いきなり何を……」
ぎゅ、と抱き付いてきたに、スネイプは顔を真っ赤にしながら耳と尻尾をピンと立てた。
「癒しを求めた結果だが?」
何故自分に癒しを求める!?
スネイプは心の中で盛大にツッコんだ。しかしに聞こえるはずもない。石のように固まってに頭を撫でられている。
「あー! セブルスなにを独り占めしてるの!?」
「もなんでスネイプに抱き付いて頭まで撫でてるんだ!?」
うるさいのが現れた……二人はそう思った。むしろ、この時だけはスネイプにとって天の助けだったが。
「おれだってに頭撫でられたいのに!」
「だったら早く取れ!」
「あれ? なあんだ、セブルス、照れてるんだ」
「うるさいっ!」
顔を真っ赤にしながら、スネイプは尻尾をピンと立てて、本を読み始めた。
勝手に感情を表してしまう、耳や尻尾にスネイプはイライラした声を上げる。
「本当は嬉しいくせに」
シリウスを景気よく蹴飛ばしたを横目に見ながら、リーマスはニッコリ微笑んだ。スネイプはどうやら黙秘権を行使するらしい。
「スネイプの頭は撫でるのに何でおれは蹴るんだ!?」
「貴様は可愛くない!」
どうやらはセブルスを愛玩動物に、シリウスをケダモノに分類したようだ、リーマスは冷静に二人の行動を観察している。
ぱたぱたと長い耳を垂らしてやってきたは、じっとこちらを見守っている狼に気付いたのか、そちらにひょこひょこと寄って行き、やはり尻尾を掴んだ。
シリウスはの可愛くないの一言がよほどショックだったらしく、耳と尻尾を垂らして、隅のベッドで「の」の字を書き始めた。
「、シリウス傷ついちゃったみたいだよ?」
「可愛くないあいつが悪い」
「いつになく暴論だね」
両の手でモッサリとした狼の尻尾を掴んだは、それをブンブンと揺らして遊んだ。
「痛いよ、」
「そうは見えんが?」
にっこり笑っているリーマスに、は手を離し、後ろから耳を引っ張った。
「がぼくを構ってくれると思うと嬉しくてね」
「……」
「別に変な趣味はないよ?」
色んな性癖を想像して黙ると、にー、と延ばされる耳に苦笑しながらもやはりリーマスは嬉しそうだ。
フサフサした尻尾がの腹の辺りをくすぐり、左右に揺れる。
「……ルーピン、やはり思い切り掴みたい」
「はいはい、どうぞ」
はリーマスの了承を得ると、遠慮無しに彼の尻尾で遊び始めた。
モサモサをワシャワシャとやってみたり、綺麗に毛を繕ったり、リボンを飾ってみたり、その片方のリボンをスネイプの尻尾に結んでみたり。
「! 一体なんのマネだ!?」
「いや、可愛いかなと思って」
「可愛らしさなどお前一人で充分だ!」
「おれは可愛くない」
「鏡を見て来い!」
「セブルス、可愛い悪戯じゃないか、しかもの。目を瞑ってあげなよ」
リーマスの言葉に、スネイプは黙ってしまった。
猫の尻尾に結んだショッキングピンクのリボンがよく映えている。リーマスがおもむろに取り出したチョコレートをむさぼりながら「さすがはセンスがいいね」と褒めた。
「……さて」
一通り、友人で遊び終わり、そろそろ別の相手が欲しくなったは、部屋の隅で茸を生やしていそうな一匹の黒犬の元に目掛けて飛び蹴りをくらわせた。
妙な音がして、驚いたスネイプが本を取り落とし、リーマスはチョコレートをくわえたまま「まったくお茶目サンだね」と馬鹿っぷりを披露している間、シリウスは青い顔をして抉られた床を呆然と見ていた。
「……い、今のは」
「頚椎を狙ったんだが、外したか」
「いや外したかとかそんな問題じゃなくてムシロこれをおれが避けなかった場合って死んでるか半身不随くらいは余裕でイクだろ!?」
「一息で言うとは大した肺活量だな」
「なんでだ!? いつもとキャラ変わってるぞ!」
シリウスのツッコミには「そうか?」と首を傾げる。
ウサ耳でその動作はかなりの反則技だった。
「やっぱりキャラクター変わっててもいい!」
へなっていた耳がピンと立ち、尻尾をブンブンと回しながらシリウスはに抱き付いた。いつもならここでの裏拳なり鉄拳なりがとんでシリウスが飛ぶのだが、新しい相手を欲しがっている事に加え、なんだかんだ言って動物大好きなに今のシリウスに対してそれを使う事は禁じ手になっている。
頭で「こいつはブラックだ」とわかっていても、視界に入ってくる耳と尻尾は非常に愛らしいのだ。例えその主が大分アレでも。
「が何の抵抗もせずにおれの腕の中にいる……」
ぎゅう! との温もりを感じつつ、シリウスの表情はかなり綻んでいる。
「なあ、。もしおれがこのままでいたら、いつもこうやっても怒らないか?」
「……いつもは嫌だが、大目にみるかもしれん」
「リーマス! 聞いたか!」
「バッチリだよ!シリウス!」
「「このままでいよう!」」
二人の笑顔が眩しすぎる。
は黙々とシリウスの腕の中で大人しくしていて、スネイプだけが「冗談じゃない!」と叫び声を上げた。
「ところで、話は変わるけど。、ぜひ君に着てほしい物があるんだ」
「あ! そうそう、随分前に作ったんだけどなかなか切り出せなくてさ!」
なんだか嫌な予感がした。
「「ぜひこれを着てみて欲しいんだ!」」
二人の杖から飛び出したのは、知る人ぞ知るデ・●・キャ●ットのラ・●・アン・●ーズの衣装。きちんと耳の部分のサイコロも用意されている。
「垂れてるけど丁度ウサミミだし!」
「ぜひ来てみてくれないか!」
ほんわかした空気が、一瞬で絶対零度まで下がり、はその衣装を眺めてから、なぜかスネイプを見た。
その時、セブルス・スネイプ少年は、計り知れない程の嫌な予感が脳裏のよぎったという。こんな勘ほど当たるものだ。
「スネイプ、ちょっと来い」
「!? 着るのは君であってコレじゃないんだよ!?」
「スネイプの女装なんて見ても可愛くも美しくもないじゃないか!」
「「面白いけど!」」
「……ルーピン、ブラック。貴様ら言いたい放題言いおって!」
青筋を浮かべるスネイプにはお構いなしに耳打ちをした。
「……嫌だ! 絶っ対に嫌だ!」
「自分でやるのと剥がされながら着替えさせられるのと、どっちがいい?」
にっこりと、本当に天使のような笑いを浮かべて…はスネイプを脅迫した。
その恐ろしさは、ルーピンに勝るとも劣らない。
「じ、自分で着替えさせていただきます!」
スネイプあっさり迫力負け。
満足したように、シリウスの腕の中から抜け出したは杖でデ●コの衣装を取り出し、スネイプのサイズに合わせ始めた。
何をやるつもりかなんて、一目瞭然だ。
「サイズはこれでいいな。あとは、まずは目からビームが出るように改造して」
口許に笑みを浮かべは、それはそれは恐ろしかったとか……。
何をやるのかわかった狼と黒犬はスネイプのデ●ココスプレを止めるべく(本当は見たいと思ったが、生で見ると精神的ダメージが大きすぎると判断した)立上がり、必死に暴走するを止めたとか。
薬の与え過ぎは、毒にも等しい。少年たちは、今日、やっと本来の意味を理解した。