鍵穴
「シリウス、あんたなに堂々と女子寮入りこんでるのよ!」
その日、シリウス・ブラックが37回目の空中飛行している姿を生徒達は見た。主な現場は、グリフィンドール寮棟。
「えばんず……もういい、おれがでる」
「駄目よ! 一瞬でも気を許せば間違いなくヤられるわっ!」
「なにがやられるのかわからんが、いやないいかただな」
しっかりと扉の鍵を閉めながら、リリーはセーラー服を着たの肩に手を掛けた。
「それにこんな可愛い水兵姿のなんて変態には絶対見せたくないのよ!」
「……ところで。なぜえばんずはこどもようのすいへいふくをもっているんだ?」
「ふふっ、男にもロマンがあるように、女にも男には理解出来ないロマンがあるのよ。貴方を思う存分着せ替える為にどれだけ苦労して情報統制したか……」
「おばあさまとどうるいか。いちおう。じょうほうとうせいにはかんしゃしておく」
巨大なヌイグルミを抱えたまま、は空でも見ようとをふっと窓を見てみた。
なんか黒い物体がウォールクライミングして窓にへばり付いている。
は窓まで歩いて行って、窓を開けて、呪文を唱えた。
「……いんせんでお」
ボンっ! という爆発音と共に窓にいたシリウスは下へと落ちていった。
は杖を持ったまま、今度こそ空を見上げた。
「きょうもりっぱないぎりすのてんき」
「ええ、いつも通りの曇天ね。じゃあ次はこのカーディガンにタータンのスカートにしましょう」
「なぜそこですかーとなんだ」
「似合いそうだから、もっと言うとわたしが着せたいから」
「おれはきたくない」
「モデルの女の子より可愛いから、絶対に似合うのに」
リリーは残念そうに言いながらの隣に腰を掛け、「うっちゃりの呪文」を開けっ放しだった窓の外で箒に乗っている黒犬にかけた。
すっごい音と共に彼は地面に激突した。
リリー何事もなかったように窓を閉める。スカートを元の場所に戻しているのを見ると、諦めてくれたらしい。
「ところで、元に戻る薬が出来るのはいつくらいなの?」
「よっかごだ。どらごんのきばのふんまつがないらしい」
「あら、それって……」
しかし、リリーが発言する前には再び杖を持って呪文を唱えた。
「えくすぺりあーむず」
武装解除の呪文だったはずなのに、なんだかドドメ色の閃光は窓の鍵穴を糸のように通り抜け、シリウスに当たった。
今ここに、いろんな意味で妙技が完成した。
「……下手したら私たちより世の中の3歳児の方が闇の魔術に長けているかもしれないわね。3歳かどうか判らないけど」
リリーの言葉に、は微妙に頷いた。
そして懲りもしない少年の影が、また窓に見えた。
「、今度は浮遊術にチャレンジしてみて欲しいんだけど。勿論窓は開けずに」
「ういんがーであむれびお-さ」
再び鍵穴を通って行った、恐らく浮遊術であろう呪文は、通りすがりの鳥に当たり……不幸にも、その鳥は翼、否、毛をバサッと素敵に無くしてしまった。
……これが人間、年頃の少年に当たった日にはその少年の心は深く傷つく事だろう。顔がハンサムなら余計だ。
窓の外のシリウスの顔も青い。
「……これはふういんだな」
「ええ、そうね……」
窓の外のシリウスは気を取り直したように「アロホモラ!」と唱えたはいいが、ほぼ同時にが別の呪文を唱えていた。
「いんぺでめんた」
ごん! と非常にフツーの音を立てて、勢いよく窓枠から引き離された窓は、シリウスの頬をいい感じにビンタした。
これはもう、普通に開いたとしても位置取りを間違えたシリウスの致命的なミスだ。
「……そろそろシリウス、死ぬかもね」
「しねばいい」
窓の外で天国へ召されようとしている少年を見つけ、とリリーは顔を見合わせて溜め息を吐いた。
「あら、起き上がったわ」
「こりないな」
もう一度杖を持ったは、今度は何の呪文で試してみようとかウキウキと考えていた事は、誰も知らない。
「へるーら」
しかし、その呪文と同時には風に飛ぶ綿毛のようにフヨフヨと飛んでいってしまった。
「あら、大丈夫?」
「もんだいはないが、おりれない」
まあ、確かにそうだ。
しかしなんだろう、この冷静さは。
「仕方ないわね、わたしじゃどうしようもないし、魔法が切れるまで頑張ってね」
「へたにきれるとしぬんだが。まあなんとかなるだろう」
白いレースのハンカチを振りながら、見送ってくれているリリーに手を振り返し、さてどうするかと空の上で腕を組む。結論、リリーの言った通り魔法が切れるまで待ってみる。
ちなみに、シリウスはというと。
二人の脳内記憶から完璧に抹消されていた。