谷の氷
「誰が」
「が」
向かいのベッドの上でじっと自分を見据えたまま唐突に話を切り出した鹿に、は大層不機嫌な顔をした後、かなり間を空けて口を開いた。
「死ね」
「すいませんごめんなさい謝りますからソレしまって下さい」
顔色を悪くしながら土下座をするジェームズを冷ややかな目で見下ろし、更に日本刀片手に目の前の存在自体を抹消しようとする。
可憐な顔をしながら、彼の言動は普段通り熾烈で過激だった。
「は本当に比喩が嫌いなんだね」
「自分に対しての比喩が大嫌いなだけだ」
知っているだろう、と視線で問いかけると同時に鞘におさめた日本刀を抜刀術の体勢へと持っていく。
「ゴメンそうだったね! だからソレは君の手の届かないところに置いて話をしようか!」
嫌な汗をかいてベッドの隅まで後退したジェームズは、凶器が彼のベッドの下の箱にきちんと仕舞われ、尚且つ鍵をかけられた所まで確認してようやくもとの場所に戻ってきた。
「君って本当に容赦がないよね……」
「してやっても構わないぞ。変わるのは死ぬのが一瞬先か、半日先かだけだ」
「……じょ、冗談、だよね?」
口元をかなり引き攣らせて両手を組んだ眼鏡に、彼は真顔で言い切った。
「冗談だ」
「……よかった。」
「今の間が気になるな」
「いや、ってあんまり冗談言わないし。たまに言っても真顔で言うからさ」
胸を撫で下ろしているジェームズを無視して、結局何を言いたかったんだと問いかける。
「いや。大した意味はないんだけどね、ただ言わなきゃいけない気がしたんだよ」
「斬りつけられるのを覚悟でか」
「口から先に生まれたぼくがそんなものを持って君に問いかけると思うかい?」
「お前は常に覚悟を持っているだろう」
正面からのストレートな言葉。
思わずジェームズ・ポッターともあろう者が数秒間固まってしまった。
そして突然の笑い声。
「うん、そうだね。そうなのかもしれない、君の言うとおりだ!」
腹を抱えて爆笑するジェームズにはその笑いが収まるまでしばらく待った。
「訂正するよ、。君は鏡だ。君は相手のあるがままを見抜く鏡みたいだ」
「そしてお前はどのみちおれを比喩するのか……」
額に手を当てて溜息するに対し、ジェームズは機嫌よさそうにベッドの上に胡坐をかいてニヤリと笑う。
「例えぼくを含む世界中の人間が騙されても、きっと君だけは真実を見つけてしまうんだろうね。どんなに時間がかかっても、最後の最後には」
「……さあな」
「見つかるよ。嘘吐きなぼくも君からだけは逃げ切れる自信がない」
眼鏡の向こうで笑う、ヘーゼルの瞳。
それ以上は互いに何も言わずに居て、やがてが立ち上がる。
「ポッターの言う通り、おれの心は氷のような鏡なのかもしれないな」
「ぼくが暖めてあげようか?」
冗談めかして言った言葉に、は微かに笑う。
「お前には無理だ」
そう言って、は部屋を後にした。
残されたジェームズは残念そうに自嘲して、ベッドに寝転がる。
「そうだね、そうかもしれない」
先程と同じ台詞を吐き、目を閉じる。
君は鏡だから、間接的に他人から自分を見るんだね。
だから君の心は他人の言葉に彩られ過ぎて、いつまでも凍っているんだね。
「僕じゃ、力不足だな」
まだ、まだ、まだ、君の心は溶けない。
君の言葉通り、きっと僕には溶かせない。
ならせめて願ってみようか。
「君の心をとかす誰かがいつか必ず現れるように!」
空に、星が流れた。