湾曲銀環恋愛葬
いつも通りの、何か難しい事を考えていそうでその実何も考えていない事が多い表情で放たれたの言葉に、シリウスは一瞬言葉を失った。
幸いな事に部屋には二人以外誰もおらず、のその言葉を聞いたのは間抜けな顔をしたシリウスだけだった。
「? え、今の言葉」
「女子が騒ぐあって結構格好いいんだよ、な?」
「、褒めてるのか、それ」
「ただの感想だ」
それ以外に何があるとでも言いたそうな表情でが首を傾げるとシリウスもそれ以上は何も言わず、ベッドの下を探り始める。
一体なにをしているのだろうか、そう思いながらがシリウスを見ていると右手になにかを握ったシリウスがひょこりと現れて笑いかけながら言った。
「、目閉じて」
「?」
「いいから、いいから」
「変な事をしたら殺すぞ」
「大丈夫、大丈夫」
かなり不安だったが、それでもは目を閉じて仕方無く言葉に従った。
その程度には信頼されているという態度にシリウスの口元が自然と綻び、同年代の少年と比べると随分と小さく幼い手を取り、ひやりとした金属環を指先に収める。
「……おい、ブラック。これは何だ」
「あ、! 目開けちゃ駄目だろ!?」
左の薬指にはめられたシルバーリング。
ぴったりと自分の指に収まるそれを見て、の顔が紅潮していく。それが怒りからなのか羞恥からなのかは判断が付かなかったが、恋という名のフィルター越しにを見ているシリウスにとってはどちらであっても同じ位愛らしく思えた。
「貴様は一体何を考えているんだ?!」
「に永遠の愛を誓おうと思ってるに決まってるだろ」
「決めるな! 大馬鹿者!」
指輪を外してシリウスに投げ返したは大きく息を吐いて自分のベッドに寝転んだ。
「……貴様は一体何を考えているんだ」
「だって六月に結婚した花嫁は幸せになれるって聞いたし」
「花嫁?」
「が花嫁でおれが花むガフッ!」
「悪いがおれは一生結婚する気なんぞない!」
はそう言うと、お気に入りの某アニメに登場するトロールの巨大ヌイグルミを殴りつけてベッドの上に座り込んだ。
「籍入れなくてもいいから死ぬまで一緒にいよう!」
「今この場で貴様を殺せと、つまりはそういう事を言いたいのか? 遠回しな自殺志願だな、よし、殺してやるから死ね」
「……じゃあおれがドレス着れば結婚してくれる?」
「ボケカスッ!」
感情のままトロールを投げつけたは目の前でヌイグルミと一緒に吹っ飛ぶ美男子が純白ウエディングドレスのコスプレをしているのを想像して、思わず叫んだ。
でも意外に似合っているかもしれないとかも、密かにそう思ったりもした。
「まったく、それだけのためにわざわざ指輪まで」
落ちていたリングを摘んで光に翳すと、内側に文字が彫られていた。
自分の名前が彫られた銀色のリングはきっとこの先、どうなっても他の人物の物になることはないのだろう。態々自分の為だけに作られたそれは、が一言要らないと言えばただの金属の塊になってしまう訳で。
「貰ってやらん事もないがな」
「え、えっ?!」
「……単に光物が好きなだけだからな」
「わかってるって!」
勘違いするなよと釘を刺したにも関わらず、気にしていないとばかりに輝くその笑顔がにはとても不安だった。
しかしこの辺りで妥協しておかないと後々面倒臭い事になると自分に言い聞かせ、これ以上付き合っていられるかと身を翻す。
「どこか行くのか?」
「図書室」
当然のように尋ねて来たシリウスにが顔面運動をほとんど行わないまま告げると、慌ててその後ろについて来た。あからさまな溜息を吐いた自分は悪くないと弁解して、相変わらず笑顔を輝かせている大型犬のような少年を見上げる。
「付いてくるつもりか」
「駄目か?」
「……騒がないなら構わない」
少し睨むようにして言うと、今日何度目かの大丈夫、という台詞と共にシリウスが悪戯っぽく微笑む。
「あのさ、」
「何だ」
「おれ、本気だから。冗談でこんなに毎日愛してるとか、好きとか、言わないから」
「……知ってる」
知らないはずないだろうと返事をし、心の底から浮かび上がった言葉を形にすることが出来ないまま、は緩く湾曲した銀色の指輪をサイズの合う指に嵌めて光に翳す。
「判っている、そんな事」
左手の薬指のシルバーリングの光が、十字に光った。