曖昧トルマリン

graytourmaline

屋根より高く恋昇れ

 某年5月5日。
 所謂、端午の節句。
 前回の行いを反省し、悪戯仕掛け人たちは何もしないと仲間内で誓い合った。
 合ったのだが。
 なぜか。
 なぜだろう。
 なんでだろう。
 今、城内はマカフシギアドベンチャーワールド。
 異国の甲胄が練り歩き(曰く、あれはヨロイムシャというらしい)
 筒のような魚が宙を泳ぎ(曰く、あれはコイノボリというらしい)
 甘い香りを放つ巨大菓子がシリウスを襲い(曰く、あれはカシワモチというらしい)
 甘い香りを放つ巨大菓子が生徒たちを襲い(曰く、あれはチマキというらしい)
 死者こそ出ていないが、その場の雰囲気的に生き残ったとされる生徒や教授は杖を持ち、それらと戦っていた。
「戦況は!?」
「駄目です! 下級学年はどの寮も補給部隊以外ほぼ全滅しましたっ!」
「ハッフルパフ5年が4階から応援を求めていますっ!」
「スリザリン4年! 地下制圧および奪還完了しました!」
「グリフィンドール7年! ハッフルパフの応援に向かいます!」
「レイブンクロー補給部隊! 状況を報告しろ!」
「『フダ』の補給、間に合いません!」
 慌しい大広間の一画に漂う墨の香り。
 そこの中心にいたのは、と、補給部隊に割り振られたレイブンクロー生。
「ミスター・! 貴方の国の魔法でしょう、どうにかなりませんか!?」
「おれを過大評価するな! 質も量も劣るのに出来るはずないだろう! 第一この規模の魔法を瞬時に制圧出来る能力を持っていたら留学なんてしない事に気付け!」
 ここで一度説明させて貰う。
 事件の始まりは5月初頭、は例のあの父親からあるものを贈られた。その名も安直な端午の節句限定学校制圧機。
 それを即危険物と判断したため、処分に困りフィルチに提出したのだが、なぜかそれがあの祭り好きな校長の手に渡ってしまい、発動したらしい。
 餅は餅屋。日本の魔法には日本の魔法。ということで才能は皆無と訴えているのに強制的に、ひたすら駆除のための札を書き続けるは、腱鞘炎で震える右手を握り締め、ついにキレた。
「元凶のあの髭殺せば終わるだろうが!」
『……あ』
「誰だ、今『あ』とか言った馬鹿者は。貴様ら、もしかしなくてもノーマークか?」
『……』
 次の瞬間、ついには杖、でなく刀を手に持った。
 怒れる暴君というか、いや、暴君ではないがホグワーツ生はここまで熱い校長の孫を見たことがなかった。いつもクールにシリウスを蹴り飛ばしているはそこにはいない。
「グリフィンドール5年、北塔を……って?」
「ポッターか、丁度いい。エバンズ、借りるぞ」
 大広間に顔を出したジェームズの首を掴み、ずるずると引きずっていくに、シリウスとリーマスは視線を交わし、急ぎ足で二人についていく。
、一体どうしたんだい?」
「校長室にいく最短ルートを教えろ」
 の据わった瞳が、ヒヤリとジェームズの首筋を辿った。なんだか下手な事を言えば、彼の持っている剣が遠慮なく自分の首を撥ねそうだった。
「え、えっとデスネ。この廊下を普通にいくのが、一番早いと思うケド」
 冷や汗のような物を垂らしながら、なんだか前方から宙を浮いて突進してくるチマキの群れ(巨大)発見。
 超感覚を持っていてもおかしくないと噂されるが気付いていないはずなんてないのに、彼はジェームズの胸倉を掴んだまま納得している。
 後ろにいた二人が叫んだ。
! 危ない!」
「ジェームズ! を死守しろ!」
「無茶言うな!」
 チマキを前に冷静なは、何を思ったのか、ジェームズを掴んでいた手に力を込め、なんだか最近よく笑うようになったよな、とか思いつつ全力で微笑んだ。
「ほーら、取ってこーいっ!」
 愛犬を前にした子供のような無邪気な声で、二段投げも真っ青なスピードで床と体が平行して飛んでいく鹿、こと眼鏡、ことジェームズ・ポッター。
 チマキはその長い胴をクルッと回転させ、ジェームズを追いかけた。
「ポッター、見事な殉職っぷりだったな」
 キラリとの涙が光る。殉職したのでなくさせたというか、むしろ殉職ですらない。
、逞しいな」
「うん、そうだね」
 同じように涙を流す犬と狼。
 しかし、の精神崩壊序説はここからはじまったのであった。
! 前方から筒型の魚が!」
 ほぼ全力疾走しているに、リーマスがそう注意したのはそれから少し校長室へと近付いた廊下での事だった。
 するとは急停止をして、刀をベルトにさしたままリーマスの手を取った。
「ルーピン」
「……?」
 ポロポロと涙を流すに、リーマスは騙されてたまるかと心の中で思いつつも、かなりグラついている自分がいた。恐ろしいほど童顔である幼い容姿を持つ彼の泣き顔はどうしようもなく庇護欲を掻き立てられるのだ。
「頼む、あいつらを食い止めてくれ……!」
!」
「ルーピン、おれは、おれはお前の事が……」
 意図的に死亡フラグを立てようとするの頬を大粒の涙が伝い、なんでもないと演技しつつ顔を背けた。
。大丈夫、泣かないで? ぼくは必ず戻ってくるよ」
「ルーピン」
 しかし、その時シリウスは見た。
 見てしまった。
 がポケットへ目薬をしまう姿をしっかりと見てしまった。
。ぼくの事は心配しないで、先に行って!」
「……ありがとう、ルーピン」
 クルッと廊下を走り出したについて、シリウスも走りだしたのだが、なんとなく、なんでだろう。彼の、の口許が笑っているように見える。
「(リーマス、哀れな……)」
 しかし、最後は自分も同じような目に遭うような気がして、今は亡き親友たちを不憫に思いつつ、この場から逃げたい衝動にかられたシリウスだった。
!? こんなところで何をしている!」
 憂いた事を考えながら、シリウスは新たなスケープゴートを発見した。今の状況で単独行動している辺りがもうアレだ。
 向こう側からカシワモチが突進してくるのを見ると、どうやら誰かに、そう何処かの誰かに計られているらしい。
「スネイプ、頼む。手を貸してくれ」
? ブラック、貴様に何をした!」
「いや、うん。今回は何もしてない。本当に。色んなものに誓って」
 愛しい人がここまで変貌してしまうと、物悲しくなるものだ。シリウスはそう思った。
「スネイプ、おれはもう駄目だ。あんなに大量のカシワモチを相手できる程の余力がない」
、お前がそんな弱音を吐くなんて」
「助けてくれ、ないか。頼む」
 目薬で潤んだ瞳だからだろうが、あの容姿であんな視線で上目遣いで見られたら大抵の男はノックアウトするだろうなとか思いつつ、自分もその一人だと理解した時、シリウスは自分の中に巻き起こるやるせなさを大爆発させていた。
、ぼくは……」
「おれはもう駄目なんだ」
 普段ならがスネイプに抱き付くなど、キレて二人の間に乱入でもしそうなシリウスだったが、今日は違った。
「助けくれて、お願いだ……スネイプ」
「……わかった」
 悲しきかな、これが惚れた弱みというものか。
 シリウスはなぜか冷静になっていった。否、冷静にもなるだろう。
「ありがとう。おれ、スネイプの事は忘れないよ!」
 そう叫びながら、はスネイプの足に何か呪いを掛けていた。あれは、ひたすら走り続ける呪文だ。
 スネイプはああ見えて体力がある分、そう簡単には死にはしないだろう。
「よし、行くぞブラック。口でクソたれる前と後に“サー”と言え」
「Sir. Yes, sir ...」
 某軍曹の台詞を持ち出されては逆らう事なんて出来るはずない。
 彼の右手には刀、左手には杖が握られているのだから。
 ガション、ガション
「……ブラック」
「よし! 二人がかりで突っ切ろう!」
 ガション、ガション
「おれは、ブラックの事……」
「いや、さすがに三回も同じ事繰り返されると」
 ガション、ガション
「(ブラックは学習能力ないからいけると思ったんだが)」
「今、何か言ったか?」
 ガション、ガション
「鎧武者なんか、か弱い俺が倒せるはずないのに」
「(か弱い何て嘘だっ! さっき刀一本で余裕でこれを20体くらい伸した!)」
 ガション、ガション
「……仕方ない、Reducto!」
「って、カタナ持ってきた意味なし?!」
「違うぞ、ブラック。これは祖父さんを切る為に持ってきたんだ」
「自分の祖父殺すなよ!?」
 明らかに今日のはおかしい。
 というか、おかし過ぎる。
 普段の彼ならもっと冷静にキレるはずだ。いや、どちらにしてもキレるという事と祖父を殺そうと目論んでいるのは一緒なのだが。
「ふふっ、あの髭……おれの精神を崩壊させた罪は重い」
「いや、気付いてんなら修復しろって。して下さい。頼むから」
「よし、行くか」
 シリウスのツッコミは見事に流された。
 難儀な男に惚れたものだ。
「ブラック、おれは右から行く、お前は左から走れ」
 刀と持ったまま走っていく、反論を許されていないシリウス。
 それでも彼は走った。愛する人のために。
 その愛する人は広い廊下の向かい側を走りながら、自分にこれまでにないくらい優しげで儚げな微笑みを向けていることに、彼は気付いた。
 そしての手に持たれているのは、なぜか杖でも刀でもなく、どこから手に入れたのだろう。パイナップル爆弾こと手榴弾だった。
 その時、彼はの美しい声をはっきり聞いた。
「さようならシリウス」
 嗚呼、なんでおれだけ「さよなら」なんだろうなーとか思いつつ「シリウス」と呼ばれたことに喜びを感じているのは確かだったから情けない。
 そのあと覚えていることといえば、やけに明るい閃光が確認できて、爆音が響いて「ああ、おれいま落ちてるんだよなー」とか思いつつ5月の湖の中へダイビング。
 記憶はそこで途切れた。
 なんでも、後から聞いた話によると。
 あの後、流石と言うべきか掠り傷一つ負わずに校長室にたどり着いたは「只今出張中、用のある人はフクロウ便でねっ!」という可愛さの欠片もない張り紙をドアの前で見つけ、己の信者のフクロウどころか野生の鳥類(主に性格が獰猛な猛禽類や烏など)まで引っ張り出し、かなり過激な伝言を送ったらしい。
 彼を目撃した一部生徒によると、にしてはとても珍しい、輝かんばかりの笑顔で
「好きなだけ狩ってこい」
 と鳥たちに言っていたらしい。
 恐ろしい子だ。
 ちなみに、今現在の、入院中である悪戯仕掛人を見舞いに来たはというと、
「5月5日? いや、大広間にいた辺りまでならば記憶にあるんだが」
 と首を傾げていた。
 そんな言葉を聞きつつ、シリウスは「ああ、やっぱりアレはじゃなかったんだ。別の何かだったんだ」と思ったとか。
 ちなみにその後、アルバス・ダンブルドアはしばらく学校に戻ってこなかったらしい。