今日は楽しい? 雛祭り
所謂、悪戯決行日。
「、ちょっといいか?」
「なんだブラック、改まって」
グリフィンドール寮談話室にある窓辺のソファにはいた。
ほぼ定位置となりつつあるソファに身を沈めて縦書き書いてある薄っぺらい本を目で追い、難しそうな顔つきで挿絵の二匹のカニを見つめた。
「あ、いや。大した事じゃないんだけど、これ何の本?」
「取るな、返せ」
シリウスの手から本をひったくったは不機嫌そうな面をして本を最初の1ページから読み返した。
「あー。ごめん」
「で、何の用だ」
「いや特に用はないんだけど……」
足止めをしに来ましたと馬鹿素直に言えるはずもなく、いつもよりもかなり遠慮がちにの隣に座ったシリウスは、読めない本をゆっくり覗き込んだ。
挿絵は蟹と、泡、多分水面であろう上空に浮かぶ太陽のような金色の何か、あと白い花。
この絵だけで話の内容を理解できたらそれは超能力者だと心中で呟き、紙面に注がれている黒い瞳を代わりに見つめた。
は最後のページまで物語を読むと、また最初のページに戻る。それが延々と繰り返され、飽きる気配はない。
それから30分ぐらい経っても、は同じように本を繰り返し読み返している。
「そんな難解な内容なのか?」
「理解しようがしまいが、同じ本を何度読もうとおれの勝手だろう」
読む気が失せたのか、本を閉じたは裏表紙を上にしてテーブルの上にその本を置いた。何故か空を走る汽車の絵が描いてあった。
多分童話なのだろうとシリウスはあたりをつけ、会話への発展を試みる。
「これ、の国の話か?」
「ああ。図書室の本棚にあったから、借りてみただけだ」
「図書室に? フランス語やドイツ語ならわかるような気がするけど、の国の本があるのはちょっと意外だな」
「……そうでもない」
妙な間を置いてから否定したは、ふと視線を窓に向け外で騒がしく喚き立てる鳥の声に意識を集中させたように見えた。
確かに今日は少し鳥が煩いな、とシリウスが思ったが何故か尋常ならざる気配を纏い始めたにその軽口を引っ込める。
つかつかとが窓に向かって歩き出し、窓の向こうの景色を見て顔を顰めた。シリウスも何事かと歩み寄り、曇天の一角が黒く染まっているのを確認し、それが鳥の大群だと理解するとうわあと口の中で呟く。
「おい、あれ……」
「硝子が危険だな。窓、開けるぞ」
某パニック映画にも似た状況を想像して少々血の巡りが悪くなったシリウスを横に退け、は一つ深呼吸をした。冷静に窓の鍵を外すその手は震えている事に気付き、思わずシリウスが大丈夫かと声をかけると逆にお前はどうなんだと問われてしまう。
「怖いと気持ち悪い、が半々って所かな。不思議とわくわくしない」
「そこに嫌な予感も付け加えたらほぼおれの心理状態だ」
空を埋めている黒いものはどうやらカラスの大群だった。その大群は明らかにこの窓に向かって突き進んでいる。
圧巻というか、ぶっちゃけ怖い。例のパニック映画にもこんなシーンがあったかもしれないなんて現実逃避をしてしまいたくなる程度には怖かった。
「ブラック、窓から離れろ」
「あ、ああ……」
外の様子を見ていないグリフィンドール生も二人の不穏な空気を感じ取ったのか、事の成り行きを見守り始めていて、いつの間にか談話室は静かになっている。二人は窓から三歩ずつ下がった。
次の瞬間、まるで漆黒の大波が小さな窓から押し寄せてを襲ったようだった、と名も知らぬグリフィンドール生は後に語った。
「っわ! なんだ!?」
「ワタリガラスだな。他寮の象徴がグリフィンドールに来るというのも可笑しな話だ」
「そんな落ち着き払ってないで何とかできないのか!?」
突如襲来したカラスに仰天するグリフィンドール生を代表して、シリウスがに向かって叫んだ。
叫ばれたはというと、黒い渦の中を進み出て、ナショナルチームのシーカー真っ青の素早さでその中の一枚の手紙を素手で掴み、床へと叩きつけ、踏みつけた。
その様子を見ながら、ちょっとあれは酷いんじゃないかな……とかシリウスは思ったが、いつの間にかカラスの大群は消え失せ、その代わりにとんでもない物が出現していた。
談話室には大量の袋詰の関西風関東風ごった混ぜヒナアラレが床を埋め、米麹:もち米:水=2:2:1の飲み物がテーブルの上に転がり、桃の花の木が転がっていたりしているのだ。
「あ、あれ? これって」
見覚えのあるぼんぼり、ジェームズ曰く『オヒナサマ』と間違われてしまった物体に、シリウスは固まった。
バレるとかバレないとかそうじゃなくて、まさか誰かがの元へ直接コレを送ってくるなんて思いもよらなかった。これでは今現在頑張っている友人達の苦労も水の泡だ。
というよりも、昨日のアレで命の危険を感じた。
「あの能天気親父が」
そんなシリウスなんて構っていられないは、ボソリと呟いて手に持っていたカードを握り潰した。何とか現実に戻ってきたシリウスがその内容を恐る恐る覗き込む。
やほー。、元気かい。ダディだよ!
そういえばって男の子だっけ? 女の子だっけ?
というか、そもそも名前はだっけ?
ハニーはは男の子だったって言うんだけどね、ぼく的には女の子にカッコイイ名前を付けていた気がするんだ。
どうでもいいけどね。
とりあえずヒナアラレと甘酒送っておくよ、いらなくてもみんなで食せ。友達いないなら一人で頑張れ。
今度端午の節句にも何か贈ってあげるよ。動く鎧甲なんてどう思う?
独りでに泳ぐ鯉のぼりなんてどうかな!
嗚呼、今からワクワクするよ。
の父とは思えないほどの軽いノリだ。そういえばって男の子だっけ? 女の子だっけ?
というか、そもそも名前はだっけ?
ハニーはは男の子だったって言うんだけどね、ぼく的には女の子にカッコイイ名前を付けていた気がするんだ。
どうでもいいけどね。
とりあえずヒナアラレと甘酒送っておくよ、いらなくてもみんなで食せ。友達いないなら一人で頑張れ。
今度端午の節句にも何か贈ってあげるよ。動く鎧甲なんてどう思う?
独りでに泳ぐ鯉のぼりなんてどうかな!
嗚呼、今からワクワクするよ。
君のダディより
P.S. お義父さんに四露死苦伝えておいて!
ちょっと軽すぎる。
「……いっそ呪うか」
『呪う!?』
目の据わったにグリフィンドール寮生話の内容が全く掴む事ができない。
理由が把握できないまま薄笑い浮かべているを直視してしまって頭痛を訴える生徒複数。こんなは今までに見たことがないくらい不気味に素敵だった。
と、その時、談話室の騒ぎを聞きつけた悪戯仕掛人たちが男子寮から降りてきて、状況確認後リーマスがシリウスに向かって華麗な跳び蹴りを繰り出し、追い討ちをかけるようにジェームズがヤクザ蹴りを繰り出す。
「ねえ、シリウス? ぼく言わなかったっけ? に気付かれちゃ駄目だって。言ったよね? うん、言った」
眼鏡の主席の繰り出すヤクザ蹴りは留まる事を知らず、黒髪の青年が血だるまになるのも時間の問題っぽい。
「ちょっ、ストップ! おれじゃねえよ! の家族が送ってきたんだ!」
その言葉を聞いて動作を止めた二人は、視線を交わして、何故だかちょっと壊れ気味のを振り返った。
「あの親父は、こんな下らんものを押し付ける暇があったらお祖母様に顔を見せる甲斐性くらい見せろと……」
『あ、あの、?』
桃の花に埋もれながら殺気に塗れてブツブツと呟くに、鹿と狼と鼠は思わず顔色を悪くした。
「どうした、三人共」
「あ、あのさ、何をそんなに怒ってるの?」
ジェームズの言葉には桃色の花の中でとても美しい笑みを浮かべて談話室の入り口へと足を運んだ。
「後で話す。父親に呪いが効くか試してくる。すぐ帰る」
今までにないくらい恐ろしい気迫を纏ったは滅多に見せない壮絶な笑顔のまま談話室を後にした。
動く事のできないグリフィンドール生はしばらくの去った入り口も見ていたが、やがて一枚の紙が、ひらひらとシリウスの頭の上に落ちて来て、リーマスがそれを黙読し今回の主犯であるジェームズに無言で手渡す。
ちゃんへ
カサカサとその紙を折り畳んだジェームズはリーマスと視線を交差させたあと深く頷き合い、呆然としている残りの悪戯仕掛け人たちを見た。
ダーリンたらひどいのよ。
ちゃんは男の子だって言ってるのに、それなのに嬉々として『ジョウシノセック』の品を送るっていうんですもの。
それは女の子の厄除けの道具って言ってるのに、ちゃんは女の子だって信じて聞かないの。
ダーリンたら私の言葉を信じないなんて! 呪っちゃっていいわよ!
あなたのお母上様より
「さ、部屋を片付けに行こうか」
『うん、そうしよう』
ジェームズの言葉に三人は胡散臭いほどの笑みを浮かべて、が帰ってくる前に部屋の飾り付けを一切取り払ったという。