曖昧トルマリン

graytourmaline

愛は舌と胃袋の国境を越えるか

「ブラックって……」
「なんだ、!? やっとおれの事に興味を持ってくれたのか!?」
「何故ファミリーネームがブラックのくせにコーヒーにミルクを入れるんだ?」
『は……?』
「いや、紅茶にミルクを入れる理由は見当が付くんだが、コーヒーもそのノリか?」
 基本的に真面目で寡黙な癖に妙な所ですっぽ抜けて天然なのボケに悪戯仕掛け人達は顔を見合わせた。
「にっ、苦手なんだよ! 苦いのは! 名前は関係ない!」
「シリウス甘いものも苦手じゃん」
「嫌いなものは嫌いなんだ!」
「そういえばシリウス。この間折角が作ってくれた串焼きの魚、残したよね」
「勿体ないって言ったのにさ」
「何か凄く苦かったんだよ! あんなモン人間の食い物じゃねえ!」
「成程、魚の内臓を食べるおれは人外と言いたいのか。ブラックの主張は良く判った」
 叫ぶシリウスの台詞の間に随分と冷めた声が割って入った。
 途端に犬は吠えるのを止めて、うろたえながら何とかフォローしようと努めている。その姿を見て一体何を慌てているのか理解しようとしないは不思議そうな顔をしてシリウスの方を見た。
「人にはそれぞれ嫌いなものや苦手なものがあるからな。特に内臓系は肉も魚も好みが激しく分かれる部位の一つだから、何を慌てているのかは知らないが弁解する必要はないぞ?」
 味のしないオムレツをフォークでつついたに、他四名はシリウスを理解している彼を珍しがったとか。
 別にシリウス云々よりも普通の人間の嗜好を理解しているだけなのだが。
「はい、ぼくから質問。因みには嫌いな食べ物とかあるの?」
「苦手なものはあるが、嫌いなものは今の所ない」
「じゃあ苦手なものって?」
「唐辛子系の辛味。リコリス菓子とサルミアッキ。不自然な原色のケーキ。イギリス料理」
 最後に何か大変な事を言ってしまっているが、幸いこの面子はがホグワーツの料理を好ましく思っていない事を知っているので全力でスルースキルを発揮した。特に黒髪の金持ち二人は何か納得した様子で頷き合っている。
 唐突に訪れたなごやかな雰囲気の中、今度はリーマスがに質問する。
「じゃあ好きな食べ物は? 確かミントのキャンディーは好きだったよね」
「そうだな……」
 何故か他寮の方へと視線を逸らしたは、少しの間沈黙した後でリーマスに向き直り、ニコリともせず言う。
「発酵食品は基本的に何でも好きだが……新鮮な動物性蛋白質も好きだな」
「どーぶつせーたんぱくしつ?」
「簡単に言うと動物の肉だ」
 疑問符を浮かべたピーターに噛み砕いた表現をした後で、再び他寮の人間を見て思案顔に戻り酷く真っ当な表情で言葉を続けた。
「イギリスだと食べる事が出来ないが馬肉や熊肉は美味いぞ。蛇肉も料理の仕方次第で食べる事が出来る」
 の言葉が気になったのか、近くで聞き耳を立てていたハッフルパフ生とスリザリン生の肩が震えた。
「特に蛇はそこら中に居るから捕まえるのも容易だ。ストックも幾つかあるが……何なら今度適当に捕獲して蛇料理を作ってやろうか」
 どうせなら新鮮な肉の方がいいだろうと可愛らしい顔をしておいてニコリともしないに、スリザリン生かなり逃げ腰だった。心臓を庇っている者も見られる。
「いや、エンリョしておくよ、ね、リーマス」
「そうだねジェームズ。ピーター君もそう思うだろ?」
「う、うん」
「なんだ蛇は嫌いか。なら熊でも狩るか……」
「いや! 好きとか嫌いとかじゃなくて! 何ていうか突っ込み過ぎた食文化には抵抗あるんだ色々!」
「そんなもの、食べてみないとわからないと思うんだが。そうは思わないか?」
 顔色の優れないジェームズとリーマス、そしてピーターを眺めたは仕方なくシリウスに同意を求めた。
「え? あ、ああ、そう……かな」
 冷や汗なのか脂汗なのかを掻きながら同意してしまったシリウスに他の三人はそれぞれ十字を切った。
 惚れた弱みというよりはただの馬鹿である。同じくに惚れているリーマスは断ったのだから。
 しかしにとってみればそんな事はどうでもいいらしく、唯一同意してしまったシリウスを見て深く頷いた。
「そうと決まれば早速来い」
「え、いや……」
「ストックはあると言っただろう」
「!?」
 シリウスの腕を引っ張って席を立ったはそのままドナドナ宜しく大型犬を連れてグリフィンドールの寮へ帰っていってしまった。
 途中、リリーに頑張って、と謎のエールを送られると軽く頷いて、一人と一匹は本当に去ってしまった。そして、数十秒の間。
「……だ、大丈夫かな。シリウス」
「案ずるな、ワームテール」
「そうだよ、彼はぼくらのために尊い犠牲になってくれたんだから」
 寮生が全員そろっているか青い顔で確認し始めたスリザリンの監督生を視界の端に入れながら、悪戯仕掛け人たちは哀れな犬の末路を各々想像した。