恋は盲目、が免罪符になる訳でもなく
「……」
「、誰よりも好きだ」
「……」
「、何でいつも口を利いてくれないんだ?」
「……」
「の今日の下着は青に黒のチェックだった……」
「シリウス、その辺にしておきなよ。周りがドン引きしてる。それと、後で殺されるはずだから今の内に遺書を書いておく事をお勧めするよ」
彼、シリウス・ブラックは俗に言う恋と言うものをしていた。
多少というか、大分というか、正直大変に変態じみていたが、それでも彼自身は自分のその気持ちを恋と疑っていなかった。
「なぜそんな事を言うんだジェームズ! おれはが好きなんだ! 愛しているんだ! のためなら真夏にキムチ鍋食ったって真冬に寒中水泳だってできるぞ!」
「駄目だ。誰かこの馬鹿沈めてよ」
ジェームズに同調する者は居れども、談話室に響くシリウスの台詞に心打たれたものは誰一人としていなかった。
第一にして、彼がこんな行動を取るようになってから、もうだいぶ経ったのだし。
シリウスがこういった行動を起こした当初は驚かれたが、人間の持つ環境適応能力とは怖ろしいものである。
「。シリウスに何か言ってあげたら?」
「……チェックメイト」
「あ、うそ。また負けた」
因みに吠え癖のある黒犬の横では、が躾は自分の役割ではないとでも言いたそうな無視具合で何事もないようにチェスをしていて、傍らでリリーがそんな様子を微笑ましげに眺めていた。
たった今、盤上で手持ちの王を殺されたリーマスはというと、ちらりとだけ親友を眺めてから大袈裟に肩を竦めて見せる。
「君を見てた方が目の保養になるね」
「何だ急に」
「シリウスに一瞬でも視線を移した自分が馬鹿だったなって思ったから」
にっこりと笑顔を作ったリーマスにはとても厭そうな表情を返した。そんなシリウスに一言返せと告げたのは何処の誰だと問う目だった。
「ったら、折角可愛い顔してるんだからそんな顔しないでよ」
「可愛いと言うな、エバンズ。そしてそんな顔とはどんな顔だ」
「フルネームで呼ばれた時の顔とそっくりよ?」
「……」
「ああ、今の表情の方が近いかも」
「おれの前であの男を連想させる発言は控えろと言っているはずだ」
「どんな顔してるのか訊いたのは貴方じゃない」
「……そうだな。訊いたおれが馬鹿だった」
は自身の本名、こと・アルバス・という書類上の名を再確認して先程とは比べ物にならないくらい心の底から厭そうな表情をする。
名前からも分かるようにダンブルドアの血族、位置的には義理ではあるが孫に当たる自分の立場を、彼は毛嫌いしていた。
組分け帽子に組分けされず獅子が一番強そうだからという理由でグリフィンドールに半ば無理矢理入った時からダンブルドアを嫌っていると周囲からは思われがちだが、実際は違う事を知っているのはホグワーツでごく数人しかいない。
それはさて置き。
「なぜなんだ!? おれはこんなに君を愛して止まないというのに!」
自身の境遇よりも、今は目の前で吠える駄犬を殺す方が先かと、少女のような面を最大限に歪めて殺害方法を思案し始める。
男女共学の癖に脇目も振らず男の世界に逝っている、十代半ばの少年にしてはあまり健全とはいえないシリウスの言動。それに否応無しに巻き込まれたの堪忍袋の緒は年単位の昔に擦り切れていた。
先程からじんわりと滲み出てくる殺意の赴くまま行動に移さなかったのは、偏にリーマスとチェスの最中だったからである。
「煩いわ、シリウス。他の男なら兎も角、は恋愛対象から外しなさい。確かに肌はスベスベだし、髪もサラサラだし、こんなに可愛いから女の子みたいだから、彼女にしたいって気持ちは判らないでもないけど」
「うん、実際は相当可愛いよ。出会った当時は『なんか全体的に偉そうだから、腹いせに今度毒でも盛ってやろうかな』なんて密かに思ったけど」
「……そうか、面白い冗句だ」
リーマスの冗談を無表情で流し、はチェスの戦績を記録し始める。シリウスに対する殺気を垂れ流したままというのが空恐ろしいが、それでも周囲の人間は自分に向けられていないのだから大丈夫と言い聞かせた。
変な事を言わなければ基本的には無害に分類される人間なのだ。手を出さなければ何もしてこないし、目標のみを正確無慈悲に攻撃する能力に長けた少年は余程の事がない限り周囲に被害をもたらさない。
「ったら目下24連勝中ね。ジェームズ、そろそろ止めてあげたら?」
「チェスなら君も得意だろう? 愛しのリリー」
「でも私は勝利に輝くあなたが見たいのよ、ジェームズ」
ホグワーツ随一の最強バカップルと周囲から言われている二人を前に、そそくさとその場から離れていくグリフィンドール生。戦績を付け終えたと頭を使い過ぎて少々疲労したリーマスもその中の一人だった。
「あー、また負けちゃった」
「次に勝てばいいことだろう」
「いや、そうなんだけどさ。君には勝てる気がしないんだよね」
相性の問題だろうと妙に納得した様子でリーマスが頷くと、は軽く同意した。その視線を横にずらすと、尻尾を振っている愛玩犬には大き過ぎて決して愛でたいとは思えない暑苦しい男と目が合う。当然、すぐに逸らした。
「! なんですぐ視線を逸らすんだ!?」
「では何だ、貴様に向かって微笑めとでも言うのか」
「できることなら何時でもそうしてくれ!」
「するか、死ね」
鉄拳を繰り出し一瞬のうちにシリウスの意識を混沌の内に沈めたはリーマスと共に自室に戻って行く。二人の後ろ姿を眺めながら、談話室にいた他の生徒は何事もなかったように一人伸びている黒犬から視線をそっと外した。
全て此、日常茶飯事也と。