バレンタイン in 談話室
「ちっ、駄犬が居たか」
「まったく……逃げるの、速いって」
ドサリとソファに座ったシリウスには不快げな顔をする。
「おれを追いかけなければ疲れる事もないだろう。否、遠回しな発言は貴様の脳に届かないか、追いかけてくるなこの阿呆が」
「いや、だってさ。どうしてもに渡したい物があったんだ……ヤマ張ってよかった」
先回りするの大変だったんだぜ? とにっこりと笑うシリウスはの腕を引いて有無を言わさずに隣に座らせた。
「軽いし細いなあ、力入れたら折れちまうぞ」
「折れるか、離せ」
「だって離したらまたどこか行くだろ」
「……もういい、おれも疲れた。こんな事に一日潰すなんぞ無駄だ」
消えていた暖炉に魔法で火を付けて、鞄の中にあった読みかけの本を取り出した。はそのまま自分の世界に入る気満々だった。
シリウスはシリウスで自分の鞄の中を漁って目的の物を探し出そうと頑張っていた。どこに入っているのか、大量の羊皮紙に教科書、それに悪戯道具。
なんとなく羊皮紙の日付を確認すると3年も前の物だった。整理くらいしておけと心の中でだけ注意する。
「あった! 。ハッピーバレンタイン!」
そう言ってシリウスが取り出したのは平たい長方形の白い箱。それにピンクのリボンが可愛らしく飾られていた。
「なあ、開けてくれよ!」
わくわくと目を輝かせるシリウスに負けて、は本を閉じてその箱を取り上げた。
「……妙な魔法はかかっていないようだな」
「ないない」
リボンを解いても、蓋を開けても、ナメクジもゴキブリもムカデも降っては来なかった。
箱の中にあったものは、細々とした可愛らしい一口サイズの和菓子。
ウサギやら花やら、ちょこんとしたマスコットのようなお菓子が箱の中からを見ているようだった。
「これは?」
「って自分の国のもの好きそうだなって思ったから……あ、でも、味は洋菓子だけどな」
「わざわざ作ってくれたのか?」
「そんな顔するなよ! おれがのこと好きだから作ったんだし」
「そうか……しかし、無駄に器用だな」
感心するの腕の中にある箱から真中にあったウサギを摘んで、シリウスはの目の前に持ってきた。
「、口開けて」
「……あ」
が遠慮がちに小さく開けた口にシリウスは持っていたウサギを放り込んだ。
ふわふわとした感触を舌先で楽しみながら……しかし、はあることを疑問に思った。
腕の中の箱の中を見てみる。
……和菓子もどきだ。
舌先に先ほどのウサギを触れてみる。
……甘く、塩辛く、辛く、僅かに苦い。
「ブラック、これはおれの舌への挑戦と取っていいか」
「え? 不味いか?」
「折角包んだオブラートを破るな」
細かく言うのなら外のフワフワが甘しょっぱくて、内側のなんかねっちょりとしたクリームがやや辛苦い。更に冷静な分析を試みる。
百味ビーンズの一気食いをしたらこんな味になるかもしれない。
「一つ、食べてみろ」
「あ、ああ、うん。……っ何だコレ!」
「皮は塩の分量を間違えたんだろう。クリームは焦がしたのか、それとも焦げた物が入っていた鍋で作ったのか? 隠し味に入れた唐辛子が後から全面的に存在を主張しているな」
「わ、悪かった……ゴメン、。こんなもの勧めて」
あたふたとお茶を用意するシリウスに笑みを零したは、ふと箱の裏に書かれていた言葉に注目した。
『I love you.』
「……死ねばいいのに」
それでも、内容は兎も角手紙を貰うというのは嬉しいことだった。
呟いた言葉は照れ隠しではなく本心ではあるのだが。
「、カモミールでいいか?」
「ああ」
シリウスからカップを受け取りながらはボソッと呟くように言った。
「まあ、20年後、お前が独身貴族でいたなら、面倒を見てやらん事もないがな」
「……?」
「ブラックの事だ、すぐにでも結婚するだろう」
「いいや! がそう言ってくれるなら20年だろうと30年だろうとおれは結婚しない!」
握り拳で語ってくださったブラック家のお坊ちゃんには溜息を吐いた。
変態染みた行動を除けば別に嫌なわけではないのでいいけど、自分自身も結婚する気はない。そうなると、ルーピンとスネイプはどうするのかな? とか考えもした。
スネイプはともかくルーピンは張り合うようにシリウスと独身でいるだろう……多分、きっと、絶対。
「まあ、賑やかなのは悪くはない事だ」
くすり、と笑ってカモミールティーを一口すするとチラリとシリウスの方を見る。目が合った。
「、カモミールは2月14日の花って事、知ってた?」
「いいや?」
メッセージカードをもう一度見直した後、はシリウスの言葉を聞きながら、それを鞄の中にしまう。
「花言葉は『逆境に負けない強さ』にピッタリだろ?」
その言葉には「逆境を作り出しているのはお前らで、むしろ実らない恋に切実にアタックし続けているお前にピッタリだ」と言いたかったが、あまりにもシリウスが子供じみた嬉しそうな笑いを浮かべているので「そうだな」としか答えれなくなってしまった。
もう一度カモミールティーを啜って、は軽い欠伸を漏らす。
そういえばカモミールことカツミレは不眠症に効果があったな…などとぼんやりとしてきた頭では考えた。
「シリウス……膝、借りるな」
「え、ああ……って、いま、! おれの事名前で」
「うるさい、枕が喋るな」
もぞもぞと頭の乗り心地のいい場所を探しながら、ははっきりとそう言ってから眠りについた。
「……いい夢を、」
寝息を立て始めた少年にシリウスは微笑して髪を梳く。
愛しげに頬を寄せて鼻先にキスを落とした。微かに、先ほど飲んだカモミールの香りがかおり、シリウスは頬を緩める。
「諦めないぞ、絶対に」
誓うように、彼は呟いた。
しかし、数分後……
「シリウス?」
「あ、あ、リーマス……」
「ねえ、きみを膝に乗っけて何やってるの?」
「いや、これは……その」
「まさか二手に分かれた後すぐここに来てそれからずっとと一緒にいたわけ?」
「そ、そう、です……」
「ふうん、へえ、そうなの。そうなんだー」
「(ジェームズ!リリー! ピーターでもいい! 助けてくれ!)」
「パッドフット、ぼくは無力な鹿だ。悪いけど助けてやれないよ」
「シリウス? わたしのと一緒にいた罰よ。この際やられちゃいなさい」
「あ、あの、シリウス……っごめん!」
「覚悟は出来てるよね。シリウス?」
「ちょっ、待て! 話せば、話せばわか……っぎゃあ!?」