曖昧トルマリン

graytourmaline

バレンタイン in 競技場

っ! つかまえた!」
 どさっ! という音と共に今まで追いつつ追われつつの競争を繰り返していた少年の距離はゼロに縮まった。
「疲れた、って足速いんだもん」
「おい、ルーピン」
 競技場の芝生の上に押し倒されたはリーマスに抱き枕のように抱かれながら、眉をしかめた。
「さすがに今日はどこのチームも練習してないね」
「……」
、背中向けてないでこっち向いてよ」
 ごろん、と空を見上げるようにリーマスが芝生に寝転ぶと、もそれに倣うように手足を投げ出して大の字になった。
 ゆっくりと雲が流れていて、微かに風が吹いている。
、逃げないの?」
「……逃げて欲しいのか」
「ううん」
 二人は空を見上げながら何も考えずに、ただぼうっとしていた。
 たまに話をするのはリーマスで、のほほんとした空気が流れている。
、頭痛くない?」
「……少し」
「そっか」
 おっとりと喋るリーマスは一度起き上がってとの距離を縮めて、また寝転んだ。
 今度は腕を伸ばして、の頭をポンポンと叩く。
「はい、腕枕」
「……いらない」
「ぼくがしてあげたいの、も頭痛いんでしょ? だったら文句いわないの」
 にっこりと笑うリーマスには何も言えずに、仕方なさそうに体を軽く起き上がらせて、リーマスの二の腕に頭を乗せた。
 横を向くと、リーマスの顔が近くにあった。
「なんかさ……こうやってのんびりするの、久し振りかもね」
「そうだな」
「最近鬼ごっこばっかりだったもんね」
「ブラックを黙らせろ、それで問題は解決する」
「ぼくは?」
「あれが暴走しなければ、ルーピンだって大人しい。今がいい証拠だ」
「ふふ、そうだね。ねえ、こんど皆で昼寝しない? 授業サボってさ」
「……皆の範囲がイマイチ不明確かなんだが」
 ぼうっと空を見上げたままぼんやりとしていたリーマスはポケットをゴソゴソと探りながら相変わらおっとりと話をする。
「ぼくと、ジェームズと、リリーと、シリウスと、ピーターと、
「……昼寝になるのか? それ」
「どうだろうねえ」
 クスクス笑いながらポケットから取り出したお目当てのチョコレートを持って半分に割った。
 片方を自分の口に突っ込み、もう片方をの口に突っ込んだ。も、何も言わずにおとなしく食べているようで、たまに天に向かっているチョコレートがまぐまぐと動いたりもした。
「ふぁんふぁあはー」
「食べ終わってから口を開け」
「んぐ。、もう食べちゃったの?」
 口の周りについたチョコレートを拭いながら、リーマスは手に持ったチョコレートをヒラヒラさせているを見て笑った。
「なんかださ、幸せだなーって」
「そうだな」
もそう思う?」
「思うさ」
 にっこりと笑ったに、リーマスは顔を真っ赤にして息を吐いた。
に惚れてるんだよなって、今改めて思った」
「何故?」
が笑っただけでドキドキしてる」
 再びクスクスと笑い出したリーマスに今度はもつられて笑った。
「リーマスは、そう言う風に笑った方がいいと思う」
「えー。じゃあも笑ってよ」
 笑いが収まりそうもないリーマスは体をの方に向けて、赤い顔で笑い続けている。
「ねえ、。知ってた? ね、いま、ぼくのことリーマスって呼んだんだよ」
「そうだったか?」
「うん、そうだった。シリウスも呼んであげたら?」
「断る」
「即答にも程があるよ。ああ、でもそんな事したらシリウスしばらく口聞けなくなるかな」
 二人は視線を合わせて同時に真っ赤な顔をしてうろたえるシリウスを想像して、吹き出した。その後にもう一度呼んでくれとせがんだシリウスがのアッパーによって宙に飛ぶという事も安易に想像が付いてしまった。
「あのね、。やっぱりダメ」
「何が?」
「最初はシリウスがに殴り飛ばされるの想像したけど、無理だよ。だって大好きな人に名前で呼ばれるって一瞬頭の中真っ白になっちゃうから。うん、でもそれも見てみたいかもね」
「まったく、あいつも、お前も、もう少し大人しくしてくれれば……」
 そこまで言って、はハッとしたように口を押さえた。
「大人しくしてれば、優しくしてくれる?」
「……まあ、今よりは」
「今より優しいって、相当優しいよね」
「うるさい」
 顔を背けたにリーマスはそれ以上追及せずに話題を変える事にした。
、チョコレート溶けちゃうよ」
「あ、本当だ」
 がばっと起き上がって溶けかけのチョコレートを急いで食べるを見て、リーマスは餌付けされる小動物を想像してまた笑いだした。
「ね、。プレゼントがあるんだ」
「プレゼント?」
 チョコレートの入っていた方のポケットから更に杖を取り出して一振りしてみる。
「……あ、あれ?」
「何をやっているんだ?」
「え、えーと。あっ、出来た!」
 ばふ! という音がしたかた思うと、の姿がリーマスの前から消えた。
 いや、埋もれたのだ。大量の花に。
「ルーピン、おれを埋め殺す気か」
「あはは。ごめん、……」
 乾いた笑いを浮かべたリーマスには花の山の中から這い出て溜め息を付いた。
 も杖を取り出してそれを一振りすると、大量の花はの好みにラッピングされて二つに分けれれた。
「片方持て」
 ドサッと、重い花束を持たされてルーピンはごめんねと謝った。
「本当はもっと可愛らしくしたかったんだけどな……ぼくこういうの苦手だよ」
「別に、いいんじゃないか」
「……?」
「黄色いフリージアは『純潔』と『無邪気』」
 花束に視界を奪われたはヨタヨタと歩きながらリーマスに振り向いた。
「そう見てくれて、嬉しいと思っている。リーマス」
「……
 再び顔を赤く染めたリーマスはガリガリと髪をかきながら花束を肩に上げて、空いた方の腕での手を引いた。
「そんな風に名前を呼ばれて笑われたら、キスされても文句いわないでね」
「は?」
 リーマスは掴んでいた手を挙げての手の甲に唇を落とした。
「……、もしかして唇にキスされるかと思った?」
「……っ!」
「大丈夫、そんな事までしないよ」
 クスクスと笑いながら耳打ちするリーマスには黙れ馬鹿と呟いて早足で競技場を後にしようとした。
「あ、待ってよ。
「知るか!」
 のほほんと笑みを浮かべたリーマスはの横にピッタリと付いて歩きながら可愛いなあと惚気ていた。