バレンタイン in 中庭
「黙れペティグリュー!」
三階から盛大にジャンプをして華麗に着地をしながら中庭に現れたダンブルドアの孫を目撃した生徒達は、そのままピーターをの襟を掴み全力ダッシュする彼を唯眺めるしかなかった。
続いてシリウスとルーピンが現れた時には、全ての生徒は今見たことを忘れることにした。元々面倒臭いというのに、絡みになると更に煩いのだ。この二人は。
「「! なんでピーターを連れてまで逃げるんだ!?」」
そんな言葉が中庭からフェードアウトしていったりもした。
「っはあ、はあ……畜生、。足、速すぎ」
「三階の窓から盛大にジャンプをした時にはさすがにぼくでも焦ったよ……ああ、ピーターだ」
リーマスの言葉にシリウスはすぐさま反応して、二人はピーターを尋問、いや、の場所を力ずくでも問い詰め……尋ねに行った。
襟を掴まれたままここまで全力ダッシュされたせいなのか、ベンチに座っていたピーターの顔色は良くはないようだ。
「ピーター、を知らないか?」
「うん、本気とかいてマジと読んでがどこに行ったのか知らないかい?」
「ああ、二人とも……」
「「知らないか?」」
「む、向こうに走って行ったよお」
この二人に詰め寄られ、真っ黒いオーラを放ちつつニッコリ笑われた日にはピーターなんぞ一溜まりもなかった。
シリウスとリーマスは互いに顔を見合わせピーターの情報を整理しているところで、ピーターの顔色は相変わらずよくない。
「のことだ、きっと向こうに行ったと見せかけて戻ったんだろう」
「いや、その裏をかいて向こうに逃げたかもしれないよ」
「仕方ない」
「ああ、仕方ないね」
「「先にを見つけたもの勝ちだ」」
にやりと笑う同室者にピーターの顔色は益々悪い。
そしてまた凄まじい速さでピーターの前から消えていった犬と狼に、彼はようやくその顔色を取り戻し、ベンチから立ち上がってその身を屈めた。
「、もういいよ。二人とも影も形もない」
「そうだな」
草がぼうぼうに生えたベンチの下から這い出て来たのはイヌ科が探している少年だった。
彼はピーターを拉致った後、ピーターを宙に放りつつベンチの下にスライディングをして身を隠したのだ。
「すまん、巻き込んだ」
「いいよ、大丈夫」
土埃を払いながらはベンチに座る。ピーターも少し距離をあけて隣り直した。
「あの二人も、もう少し控え目にすればいいのにね」
「全くだ、疲れた」
青い空を見上げながらはそれ以上言葉を言うことはなかった。
ピーターはじっと下を向いたまま何も言わず、二人は会話というものを少しもしようとしていなかった。
しかし、それに先に参ったのはピーターで、の名前を呼んで、何とか会話をしようとしどろもどろしている。
普段のなら話す内容がないなら口を開くなとでも言うが、今日はそんなことはなく、一所懸命に話をしようとするピーターを眺めていた。
そのせいで、余計にピーターは焦ってしまい、話が思い浮かばなかったが。
「ね、ねえ。。には本命の人はいるの?」
「居ない」
こういう口調なものだから、会話は進みはすれども弾みはしない。
「。ぼくね、気になる人がいるんだ」
「……ペティグリューに?」
珍しく、が人の話に興味を持った。というより、相談をされたような感じがしたのだからだろうか、返事をした。
「あ、ごめん、ぼくになんか好かれても……迷惑だよね」
「そう言う意味で驚いた訳じゃない」
は下を向いたままの彼の顔を覗き込んで、視線を合わせようとする。
「そうか、好きな人か」
「その人ね、すごく周りの人から人気があるんだ。何て言うか……クールで、それで可愛い人なんだ」
「……ペティグリューはその人のどこを好きになったんだ?」
無理に聞き出そうとはしないは、ピーターを傷つけないように周囲に気遣いながら話を聞いた。
「その人は、きっと普通に接しているだけなんだけど。ぼくに対して馬鹿にしたような事はしないし。ジェームズたちとは少し違うんだ」
「ポッターたちと?」
「なんか、あの……言っちゃいけないかもしれないけど、ジェームズたちって『ぼくだから仕方ない』って片付けちゃう事が、たまにあるんだ」
「……ああ、それは」
は言葉を濁した。ジェームズたちとは、自分も含まれているのだ。彼はピーターをそんな目で見た事は……記憶ではなかったが、それは断言できなかった。
二人の表情に同時に影が差す。
「でも、その人はそんな事ないんだ。厳しいけど、普通に接してくれて、前にね、その事でシリウスと喧嘩してくれた」
「喧嘩?」
その言葉にはひっかかりを感じた。シリウスと喧嘩をした人間を記憶の中からリストアップしていく。
「悪戯を失敗しそうになってね、自業自得で怪我しそうになったんだ。それで、シリウスがそれを笑い話に出したらその人すごく怒って」
聞きつつ考えつつしているは半ばほど義務的に返事を返していた。
「まずぼくに怒ってね、二度とこんな事にならないように気をつけろって。そのあとシリウスに笑っていないで注意ぐらいしたらどうだ……それでたちまち口論だよ」
「……」
は口に手を当てて、ピーターの方を見た。
「それ、ブラックが負けたのか?」
「うん、コテンパン。ジェームズもリーマスも真っ青だった。でも、ぼくは何だか嬉しかった……それで、その時からその人に惹かれ始めたんだ。いつの間にか、好きになってた」
ピーターの言葉に区切りがついたところで、が非常に気まずそうな顔で発言する。
「ペティグリューの言っている奴は、おれの事か?」
「……あっ! あの……うん、実は……そう、なんだ」
「……」
「ごめん、軽蔑した?」
「いや」
軽く受け流して、はピーターの顔をじっと見た。相変わらず気が弱そうにびくびくと怯えているようだった。
「ペティグリュー、こんな事は心底言いたくなかったが。言う事にする」
「……うん」
既に失恋が決定したかのようにピーターは仕方ないと笑っている。もう、これでは友達を止められても仕方ない、と自分に言い聞かせているようだった
「不名誉な事だが、今のおれは男共に言い寄られて、全く嬉しくないがホモ野郎共の激戦区となっている訳だ。それを承知の上か?」
「うん、え……え!?」
「お前は本当に、その中で生き残れる自信はあるのか? ペティグリューの場合は誰かに闇討ちされそうで、若干命の危険性があるんだが」
「? あの、そう言うことなの? 友達を止めるとか、好きになる気はないとか、そういうのじゃなくて?」
ピーターの言葉をは軽く笑い飛ばした。
「そんな事を言っていたら今ごろあの二人、特にブラックは絶交では済まないぞ」
「ああ、そう……だね」
「誰が誰を好きになるのは構わないし、行動がまっとうであるのなら対象がおれだという事に嫌悪は感じない」
「……ぼくは、そこまでして。に振り向いて欲しいって思ったことは、きっと、ないから。ただ、自分の気持ちを知って欲しかったんだ」
ピーターがぎこちなく杖を振ると、の手の中にスミレの花が現れた。
「さっき摘んだんだ。でも、うん……ぼくの気持ちだと思って、少しの間だけ、枯れるまでは持ってくれててもいいかな?」
ベンチから立ち上がったピーターは少しだけ腰を屈め、ふっとの視界から顔を消して額にキスを落とした。
「ペティグリュー?」
「に振り向いて欲しくないって言えば、嘘だけど……でも、好きだって思ってるだけなら、許してくれる?」
「……」
ごめんね、と言うピーターには溜め息をつく。
自分に背を向けて走りだそうとしたピーターを呼び止めて言葉を放った。
「もっと、自信を持ってもいいんじゃないか?」
「……」
「ニオイスミレの花言葉、知っているか? 『謙虚』と『秘密の恋』」
「……」
「それだけだ、止めて悪かったな」
「……ありがとう、」
それからしばらくして、ピーターはの持っていた本のしおりにスミレの押し花があったという事に気付き、一人で笑っているところをに小突かれるシーンを同室者は目撃することになる。