バレンタイン in 空き教室
「貴方には関係ない」
問答無用とばかりに空き教室へと転がり込んできたは、目の前のスリザリン生の視線など気にせずに扉の死角に身を隠した。
すると、程なくして騒がしい声と足音がして、再び教室の扉が開く。現れたのは、黒髪の少年と、鳶色の髪の少年だった。
「げ、ルシウス・マルフォイ」
黒髪の少年、シリウス・ブラックはあからさまに嫌そうな顔をして、その教室にいた男性を見据えた。ルシウスも不機嫌そうにシリウスに視線を向け、その後に小馬鹿にしたように溜め息を付く。
「シリウス、今はそれよりだよ。喧嘩してる場合じゃない」
「……わかってるよ」
しばらく互いに睨み合ったまま動かなかったが、リーマスがいい加減にして欲しそうな声で窘めたので、シリウスも舌打ちをしながら乱暴に扉を閉めていった。
足音が遠のいてから、はようやく扉の影から現れて、ルシウスを見上げて何も言わずに部屋を出ようとした。
「礼の一つもなしに出て行く気か?」
「匿ってくれと頼んだ覚えはありません」
「確かに、しかし。私が奴等に君の事を教えれば、どうなっていたやら」
「あなたに親しげに名前を呼ばれるような仲ではないと思いましたが」
強気の姿勢を崩そうとしないにルシウスは面白そうに声を殺して笑った。
はそれが特に癇に触ったようでもなく、無視を決め込んで部屋を出ようとする。しかし、扉が開かない。念のため、アロホモラの呪文を使ってみたが、開く気配は一向になかった。
「先輩、開けていただけませんか?」
「ルシウスと呼んでくれて構わないよ。セブルスとはあんなに親しげに話しているじゃないか」
「同じ寮で同じ性別という事だけが共通点でしょう」
表情を全く変えず淡々というにルシウスは面白そうに口許を綻ばせた。
「いや、他にもあるさ」
「……?」
「まったく、鋭いところもあれば鈍いところもあるな。このお嬢さんは」
ルシウスに腕を力強く引かれて、はバランスを崩して床に片膝をついた。一人で起き上がれるというを抱き起こして、後ろから囲うように抱いた。
「少しは、私の気持ちを分ってくれてもいいのではないか?」
体格差からか、の体では到底ルシウスに勝てそうには見えなかった。勝とうと思えば簡単に勝てる態勢だったが、別にそんな事をは望んでいる訳ではなかった。
しかし、ルシウスは決してを離そうとはしなかった。
「やはり思いは、言葉にしなければ伝わらないものなのか」
「話が全く見えてこないんですが」
「愛している」
「下品な告白の仕方ですね。失礼ですが、あなたがどういう人なのかも知りません」
「そんなもの、これから幾らでも知り合えるだろう」
女を口説くように甘い声での耳元にルシウスは囁いたが一向になびかない。
「、私だけのものになってくれ……」
「断る」
冷たい声で、はルシウスを突き放した。
しかしルシウスは諦めようとはせず、を強く抱き寄せて不満なのかと尋ねた。
「貴方みたいな人は苦手です」
「初耳だな」
「ええ、おれも今知りました」
ルシウスの杖をいつの間にか取り上げながら、はぶっきらぼうにそう言った。
「、私は諦めないよ」
「おれの周りの人間は諦めの悪いのばかりだな」
カチッと音を立てて開いた扉を見て、はルシウスに杖を返しながらそう言う。ルシウスはクスリと笑い、出て行こうとするの名を呼んだ。
「私からの気持ちだ。受け取ってくれ」
「白玉椿……この国で、よく手に入れましたね」
「気に入ったか?」
ルシウスの笑いには何も答えなかった。警戒しているようにも見えなかったが、心を許しているという訳でもない。
白い椿が一輪だけの手の中に収まった、は始めて微かに笑いを見せて懐かしげに椿の花を見た。
「『至上の愛らしさ』それが花言葉だ」
「男に向かってそれは酷いと思いませんか?」
呆れたように言うに、シリウスがこの部屋へ来た時のよりも柔らかく鼻で笑った。
「、私がお前を奪いに行く前に誰かのものになるなど許さない」
その言葉を同じように鼻で笑ったの髪を、一房だけ指に絡める。
「君を手に入れてみせる、どんな手段を使っても……」
ルシウスが腰を屈め、その髪にキスをする。
「愛しているよ、」
耳元にそう言い残してルシウスは廊下に去っていった。
がそれと反対方向に歩きだすと、しばらくもしないうちにシリウスとルーピンにであった。二人とも息を切らせて、シリウスの片手には忍び地図が握られていた。
「、何もされなかったか!?」
「……何か色々された」
「なにかあったのか!?」
シリウスが心配そうに顔を覗かせた。は椿の花を落とさないように気遣いながらいつもの表情を崩さずに二人に言葉を聞かせる。
「愛してるとか、確か言われた?」
「告白されたのか!? あのマルフォイに!?」
「、それより何でかなりの疑問系なの?」
「いや、何と言うか……」
握った右手を口に当てながらは軽く首を傾げた。
「態度に腹が立って、奴が何を言っていたのか理解せずに返答していたから。よく覚えていないし、というか、覚える気もなかった」
その言葉にシリウスとリーマスは互いに顔を見合わせてから、真剣な面持ちでにこう尋ねた。
「ねえ、。今の先輩の名前って知ってる?」
「は? 知るはずないだろう」
「あの先輩のこと、はどう思ってるんだ?」
「どうも何も、赤の他人の事をおれが何故考えならなければいけないんだ」
スッパリと真顔で言い切ったに二人は再び顔を見合わせ思いっ切り吹き出した。リーマスは腹を抱えて屈み込み、シリウスなど床に膝を突いて大笑いしている。
「! 君って最高!」
「今の台詞! 奴に聞かせたいよ!!」
「……は?」
後日、悪戯仕掛け人より発行された号外の見出しに『スリザリンのルシウス・マルフォイ、・に告白も見事玉砕!』とか『ミスター・はルシウスの名前すら知らなかった!』とか盛大に配られたらしい。
その後のルシウスの反応を知るものは、いるかもしれない。