曖昧トルマリン

graytourmaline

バレンタイン in 大広間

「やぁ、ミスター・
「……?」
 大広間にまでようやく逃げてきたは椅子に座ってコーヒーを飲んでいる赤毛の青年に話しかけられた。ホグワーツ指定のローブは着ていないのだから、部外者なのだろう。
 その顔に見覚えはなかった、記憶力には自信があるので、初めて会った魔法使いだろう。
「はじめまして。すまないね、驚かせてしまって」
「はじめまして、いえ……あの、貴方は?」
「ああ、すまない。私はアーサー・ウィーズリーという者だ。グリフィンドールのOBだよ」
です」
「噂には聞いているよ。君がダンブルドアのお孫さんか、いや、こんな事言っていいのかと思ったけれど……全然似ていないね」
 似ていると言われたらアッパーカットでもかましてやろうかと考えていただったが、どうやらその必要はなかったらしい。
 人懐っこく笑うアーサーにはどう反応していいのか分らず、隣に座りなさいと言われるままおとなしく座り、ブリキのマグカップでミルクを飲みはじめた。
 周囲には余り人はおらず、早めの夕食を取っている生徒が数人いるくらいだ。
 皆自分の事に集中していて、とアーサーのことなど全く気にも止めていない。
「ホグワーツには何の用でいらっしゃったんですか?」
 表情を変えないままはアーサーを横目で見た。
 アーサーは、困ったように笑っている。
「いや、うん。私は魔法省に勤めているんだけれど、今日は所用でこっちに来たんだ。しかし懐かしい」
 コーヒーを啜りながらぼうっと空を見上げるアーサーと同じように、も空を見上げた。西の空が微かにオレンジ色になっていたが、青い空が広がっている。
 先に首を下ろしたのはアーサーだった。
 肩が凝ったのか、左右に首を動かしている。
 それからは、ほとんど他愛もない話だった。
 最近アーサーがプラグ収集に凝っているとか、次は息子ではなくぜひ娘が欲しいとか、の同室者に対しての愚痴も聞いてくれた。
 しかし、思い出したら……寒気がしてきた。
「ミスター・? 顔色が悪いけれど、どこか悪いのか?」
「いえ、ちょっと嫌な想像をしたら……」
「そうか。うん、そうだ。これを飲むといい」
 空になったのマグカップは一瞬にして暖かいホットチョコレートで満たされた。
「うちのモリー、妻はこういう時にはいつも温かいお茶をいれてくれるんだ」
 杖をポケットの中にしまいながらアーサーはにウインクして見せた。
「……」
「毒なんか入っていないよ、一口飲んでご覧? すぐに体が暖まる」
「……美味しい、です」
 言われるがままそのホットチョコレートを少し嘗めてみると、すぐに体が暖かくなった。
 の言葉にアーサーは子供のように喜ぶ。
 そして作り方をたった一言で片付けてしまった。
「唐辛子を入れるんだ。味が変わらない程度にね、ほんの少し……おや、もうこんな時間だ。そろそろお暇しなければ。ありがとうミスター・、君と話が出来て楽しかったよ」
「ああ、おれも。楽しかったです、ウィーズリーさん、ホットチョコレートありがとうございました」
 アーサーが立ち上がるのに数瞬遅れても立ち上がる。
「チョコレートが口に付いたままだよ」
「え? どこ……」
 アーサーに指摘されて、思わず袖でそれを拭おうと手を上げたが、それより早くアーサーの顔が、鼻頭が当たる程近付いていた。
 は鼻先についたこの香りが大人の香りというものなのだろうか、と妙なことを考えていて、アーサーの取った行動に咄嗟の判断が出来なかった。
 頬を、舐められるなんて誰が想像できる。
「!?」
「あ! ごめん! つい……」
「つ、ついでウィーズリーさんは、こんなことするんですか?」
「いや、その。息子によくしてるから」
 一瞬で顔面を真っ赤にしてはもう一度椅子にへたり込んでしまう。あたふたと弁解するアーサーによると妻や子にしているので癖になっている、らしい。
 しかしも顔面真っ赤にするだけで、それが血液が逆行するような……例えばシリウスやリーマスの同意のないキスのような感覚はなかった。
 あれだ、無表情の子猫にいきなり顔嘗められた感じ。
「本当に済まない。ああ、そこまで嫌がるなんて。本当になんてお詫びすれば」
「あの、ウィーズリーさん、おれ大丈夫ですから。その本当についなんでしょう?」
「いや、しかし……何て事だ」
「……じゃあ、こうしましょう」
 一人苦悩するアーサーには自分を落ち着かせながら言葉を紡いだ。
「ウィーズリーさんはおれの口についたチョコレートを拭ってくれた、それだけです」
「いやしかし」
「生活を壊されたくなかったら自分にそう暗示をかけてください」
 誰が生活壊すって、の同室者約2名だ。
 特に1名は半端ない財力及び権力を持っている、洒落でなく人生を壊しそうだから、はこの事を彼等に黙っていようと心に固く決めた。
 幸い目撃者は誰もいない、もみ消すなら今しかない。
「いいですか、家族が大切ならば絶対に口外しないで下さい。いえ、いっそ忘れてください。そうしましょう、それがいい」
「そこまで必死になるものなのかい?」
「ブラック家が動く可能性があります」
「そんなものは怖くない、と言いたい所だが……私が口外したら君も困る事になるみたいだね。よし、忘れたという事にしておこう」
 大広間の一角が妙な雰囲気に包まれたが、それに気付くものは誰もいなかった。
「理解してくださって嬉しく思います」
「本当はもっと別の事で嬉しがって欲しいんだけれどね……そうだ」
 頭を撫でられては恥ずかしそうに顔を俯ける。
 すると、俯いた視界にアーサーの手が現れ、何の予告もなく大量の小さな薔薇の花が彼の手の中で咲いた。
「マグルのマジックだよ。この間偶然本を見つけてね、どうだい?」
 その花をに手渡してアーサーは微笑みかけた。
「こういう事してくれる人は、面白くて好きです」
「うん、それは良かった。何よりが笑ってくれたしね」
 更にポンポンと花を出したアーサーはそれもに手渡し、もう一度時計を確認して大広間を出ようとする。
「あ、そうそう。バレンタインだから勘違いされるといけないね、花言葉は色々あるけど、できれば『親切』って受け取ってほしいな」
「そうします。バラ、ありがとうございました」
 両手に抱えきれない程のバラの花束で、紅く染まった顔を隠しながら大広間を出て行くアーサーをその隙間から眺めていたが、やがて彼が見えなくなるとは我に返って大量のバラを持ったままグリフィーンドールの寮へと戻って行った。
 そこで思い出す。そういえば自分はこの馬鹿共から逃げていたのだと。
! 探したよ……って、そのバラどうしたの!?」
 談話室まではいると、落ちつかなそうにリーマスがすっ飛んで来て、の両腕いっぱいのバラを見て声を上げた。
 一方は、相変わらずぶっきらぼうに答えるにとどまった。
「貰った」
「貰ったって、まさかバレンタインのプレゼントを受け取ったのか!?」
「誰から!?」
 二人に詰め寄られ、本当は言いたくはなかったのだが、は仕方無く口を開く。視野が広いジェームズならともかく、この二人からではOBの名前は見つけられまいを考えたらしい。
「……アーサー」
『(ファーストネーム呼びでしかも男だと!?)』
 しかし、驚愕に打ち震えたのは犬と狼だけではなく、むしろ談話室にいた全員だった。
「ねえ、。そのアーサーって人の特徴は?」
「出身寮とか教えてくれないか?」
「大丈夫だよ、殺しはしないから」
「そうそう、ちょっとおれたちで灸を据えるだけだからさ」
 そんなことを言いつつ、すでに二人は嫉妬の炎が心の底で燃え盛っているのがにはありありと分った。
 が、嘘を吐くとボロが出そうだ。ここは一つ本当の事を言ってやろうと、彼はバラの花を持ち直した。
「優しい人。気遣いが出来て、面白かった」
 この言葉に、多くの寮生がショックを受けた。
 あのが、ぶっきらぼうで言い寄る野郎共を片っ端から殴り蹴り半殺しているが、素直に人の長所を上げている事実。
 そして、丁度彼の親友、クイーン・オブ・ホグワーツことリリー様とその彼氏のいる位置からはの顔がはっきり見えたらしく、こんな会話もなされた。
「驚っいたなあ、が顔赤らめて男のこと話すなんて」
「ええ、それで、ジェームズ? このことをあの二人に言ってあげるの?」
「まさか、でも僕の推測ならにバラの花束をプレゼントした輩はきっと年上だね!」
「とりあえず、あの二人。ホグワーツ中のアーサーを手当たり次第襲うでしょうね」
 自分の姫を横取りされてブチ切れている騎士たちはそんな二人の会話も耳に入らず、その日の夕食からリストアップされたアーサーを片っ端から問い詰めたらしい。