曖昧トルマリン

graytourmaline

かみなり

、ホグワーツから入学許可証が届いたんだって?」
「リドル! お帰りなさい!」
 七月中旬、はいつものように突然現れるリドルに笑い掛けながら、エメラルド色にインクで書かれた封筒を嬉しそうに見せた。
「そうだよ、やっと来たんだ。フクロウもイギリスからこんなところに来るなんて大変だったんだろうね、お祖母さまのお部屋で休んでいるよ」
「先生は?」
「昨日からイギリスに出かけちゃった。でも、明日の早朝には帰ってくるって」
 時差って大変だよね、と笑うは青の色が薄くなった空を指しながら首を傾げる。
「向こうは今、午前の八時過ぎかな?」
「サマータイムだから九時過ぎだろう」
「あ、そうか」
 は湿っぽい風の流れてくる方の空を眺め、庭で遊んでいた座敷童たちに急いで帰るように注意する。何人かの子供は不満そうだったが、彼が雷が落ちるよと言うと怪談話を聞いたかのように一目散に逃げていった。
「落ちるのか?」
「うん。雷雲が凄い早さでこっちにきてるから、すぐに鳴り出すと思うよ」
 縁側から立ち上がるとはリドルのローブを貰い、すぐ側の部屋に入る。
「ああ、もう陰ってきた」
 薄暗くなった部屋の中で、いまだ残る行灯に火を入れ部屋の中を微かに明るくすると障子と、隣の部屋に通じる襖を閉めた。
 ちりちりと燃える炎を横に、リドルはの背中を見つめている。
「大きくなったな」
「え?」
「出会った頃は、あんなに小さかったのに」
「もう十一歳だから。わたしがリドルと会ったのは、丁度六年前の今の時期だもの」
「六年、そんなに私は……ここに留まっていたのか」
 暗くなった部屋の中で、リドルは半身が闇に紛れ困った顔をするに微笑を浮かべた。
「過去形で言わないでよ。ホグワーツに入学したら滅多に会えなくなるけど、でも夏休みや冬休みには会えるでしょう? 長くかかるかもしれないけど、フクロウ便だってない訳じゃないし」
 ローブを壁に掛けると、急いでリドルの側に行き畳に両膝をついて襖にもたれかかる男の頬に触れる。
 赤い瞳が、ぼんやりとした橙色の明かりに浮かび上がりの日に焼けた腕がリドルの首に回された。はだけた紺色の浴衣からはが焚いた香が微かにリドルの鼻孔をついた。
「リドル」
「……」
「何かあったら、聞くから……何も言えないけど、聞くことは出来るから」

「……聞くことしか、出来ないから」
 無理をして笑おうとする声は、逆に沈んでしまって小さな腕には少しだけ力が込められた。
「ごめんね……強くなれなくて、ごめんね、リドル」
「知っていたのか、私が、何を考えていたか」
「ある程度は、想像が付いてたから。でも、いいの」
 まだ幼さの残る体を抱いて、リドルはの項に唇を寄せた。
「……そうか、ならば、都合が言い」
「リドル? あっ、いや!」
 逃げる事が出来ないようきつく体を抱かれ、首筋をきつく吸われる。
「リドル!? 嫌っ…やだ!」
 声を張り上げるは何とかして腕の中から逃れようとするが、大人の力に勝てるはずはなくすぐに畳の上に組み敷かれてしまった。
 バラバラと大粒の雨音が部屋の中まで届き、低い雷の音がの高い声を掻き消す。
「嫌、リドル……止めて」
 黒い帯が何重にもの細い手首を縛りはだけた白い肢体が闇の中に浮かび、障子越しの眩しいほどの閃光に色をなくした。
「……流石に、ここまでは予想できなかったか。無理もない」
「いや、リドル。止めて」
「安心しろ、殺しはしない」
 熱量の消えた赤い瞳を見つめ、は誰よりも慕った男に哀しげに問い掛けた。
「なんで? リドル、何で?」
「私の事など憎み怨んで、狂ってしまえ」
 それでも、の言葉に応じないリドルは彼の薄い唇にただ深く口付けをする。
 それ以上の言葉を、は言う前に飲み込まされしまった。
 全ての音を、一時の雷鳴が飲み込んでしまう。