梓弓
「見事なものだな」
何時の間にか的場に現れていた男の声を聞き独特の形をした丸木の弓を下ろした少年は、その髪紐を解いて首を横に振りながら笑った。
「ううん、みんなはまだまだだって。それより、リドル、お帰りなさい」
「ただいま。」
十歳くらいの少年は袴をはたはたとさせながら男に近づいてきて、控えていた山童に自然の形をしたままの弓を預けて砂利の上に草履を鳴らす。
「もういいのか?」
「うん、リドルと一緒にいた方が楽しいから」
屋敷までの道を歩きながら二人は笑い合う。
昔はよく服にしがみつくようにして後ろを付いてきたも、年を経るにつれて自分の横を歩くようになり、その容貌もどこか幼さが抜けてきていた。
今もこうしてこの家に帰ってきて、と会うと、父親としての位置が霞む。
血が繋がっていないだけに、性質が悪い。
「そう言えば、随分変わった形の弓を引いていたな」
「あ、うん。梓弓っていってね、梓の丸木で作った弓なの。切り出した形のまま使うから、みんな個性があって面白いよ、本当は神事で使うものなんだけど」
「そうか」
は変わらない表情で笑っている。それに幸せを感じながら、リドルは黒く艶のある髪を撫でると少年の表情も緩んだ。
穢れのない瞳が男を見上げ、そういえばと呟く。
「今度は、どれくらいここにいれる?」
「……数日、かな。すぐに向こうに戻らないと」
「忙しいんだね」
やんわりと笑うにリドルが謝ると彼は首を横に振る。
「私は大丈夫、リドルこそ無理しないでね?」
「ありがとう」
少しずつ、仕事で溜まった汚いものが落とされていく気がした。
そう感じれるほど、の笑みは自分にとって心地いい。だから、こびり付いた醜いものが時折耳元で囁く。
以前のように戯言では済ます事ができないほどのもの。
「けれど、に会うためなら……多少の無理でもしそうだ。そうしないと、お前の顔を見ないと、私の方がおかしくなりそうで」
「リドル」
少年の手が男の手を握った。
その瞳がどこまでも純粋で、同情や哀れみがない分触れた手は暖かい。
「私、待ってるから。リドルが私の名前を呼んで、ただいまって言って、私がリドルの名前を呼んでおかえりって言えるの、待ってるから」
「何年でも?」
「何十年でも、私がお爺ちゃんになっても待ってるよ。だからリドル、そんな顔しないで」
心配そうに握るの手を解いて、リドルは砂利の上に膝をついた。目線が合うと、少年のが穏やかに笑いかける。
それに笑い返してやると、子供はようやく安心したようだった。
昔から穢れのない、純粋な言葉と心に愛しさを感じる。それは父親としても、そうでない自分としても、素直にを愛せた。
「ありがとう、。馬鹿な事を言って済まなかった」
「私だって、リドルが絶対に帰ってきてくれるから言えたんだよ」
自分を信頼しきっている言葉に、リドルは微笑をする。
が存在するうちは大丈夫だと、自分の心に言い聞かせた。例え父親でない自分が這い出てこようとも、きっと大丈夫だろうと、そう言い聞かせた。